研究概要 |
本研究では,うつ病とアルコール依存症の共通する病態基盤として,神経新生の異常,すなわち神経幹細胞から神経細胞への分化機能異常という視点から検討を行った。我々はこれまでに,細胞死をもたらさない低濃度のエタノールは神経幹細胞から神経細胞の分化機能を特異的に抑制することを見出してきた。最初に,エタノールを神経幹細胞に処置することによって,転写抑制因子NRsF/RESTの発現および結合活性が増加することを確認した。加えて,ピストン脱アセチル化酵素阻害剤やNRSF/RESTのsiRNAを処置した神経幹細胞ではエタノールの神経分化抑制作用が減弱することを明らかにし,エタノールによる神経幹細胞の分化機能異常において,転写抑制因子NRSF/RESTが重要な役割を果たすことを示した。 次に,双極性障害との関連が知られている小胞体の機能変化に及ぼすアルコールの影響について検討を行った。エタノール処置によって,小胞体ストレスの指標となるPERKの活性化が認められ,エタノールが小胞体機能に影響を及ぼすことが示された。しかしながら,GRP78などの小胞体シャペロンの発現はエタノールによって抑制され,このことがエタノールによる小胞体ストレスのひとつの機序であると考えられた。また,神経幹細胞にthapsigarginなどの他の小胞体機能阻害剤を処置することによっても,エタノール同様にNRSF/RESTの発現および結合活性の増加を介しての神経分化抑制が認められた。 これらの結果から,小胞体およびNRSF/RESTを介した神経分化機能の変化が,アルコール依存症およびうつ病の共通した生物学的病態である可能性が考えられた。
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