本研究では、うつ病とアルコール依存症の共通する病態基盤として、神経新生の異常、すなわち神経幹細胞から神経細胞への分化機能異常という視点から検討を行った。エタノールは、細胞死をもたらさない低濃度においては、神経幹細胞から神経細胞への分化機能を特異的に抑制し、その機序として転写抑制因子NRSF/RESTが重要な役割を果たすことを我々の研究室では報告してきた。本研究では、双極性障害との関連が知られている小胞体の機能変化に及ぼす影響について検討を行い、エタノールによって小胞体ストレス反応が低下し、ERK系の情報伝達およびNRSF/RESTを介して神経新生が抑制されることを見出した。さらに、双極性障害の治療において一般的に用いられる気分安定薬であるリチウムを用いて、神経新生への影響、細胞内情報伝達系の変化について検討を行った。近年の研究により、リチウムは神経保護作用および神経新生促進作用を有することが知られているが、臨床的に有効な濃度において、神経幹細胞から神経細胞への分化を促進することを確認した。また、リチウムは、エタノールの神経分化抑制作用を軽減させ、エタノールによって増加したNRSF/RESTの活性を低下させることが示された。同様に、各種抗うつ薬を用いての検討も行った。各種抗うつ薬は、エタノールの神経分化抑制作用を軽減することが認められたが、抗うつ薬のタイプ(三環系、SSRI)によってNRSF/RESTおよび転写因子CREBに作用する程度が異なることが示された。 これらの結果から、小胞体および転写抑制因子NRSF/RESTを介した神経分化機能の変化が、アルコール依存症およびうつ病の共通した生物学的病態である可能性が示唆された。また、気分障害に用いられる薬剤が、アルコールによる脳障害の回復にも有効である可能性も示された。
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