光学異性体が存在する麻酔薬は従来R体とS体とで麻酔効果に差があると考えられていた。しかし近年、いくつかの光学異性高級アルコールの対では麻酔効果に差がないという動物実験を基にした報告がなされた。これらの例は麻酔薬と受容体の関係は鍵と鍵穴の関係であるとする従来の説に反するものである。このメカニズムを解明するためドッキングシミュレーションの手法を用いて受容体への光学異性麻酔薬の結合様式を計算した。受容体と麻酔薬を相互作用できる距離に配置し、麻酔薬-受容体の安定構造を計算機上で得るドッキングシミュレーションの手法により結合の様子を立体的把握することができる。受容体としては最も立体構造の解明が進んでいるニコチン性アセチルコリン受容体をもちいた。光学異性麻酔薬としてはバルビツレート、エトミデート、神経ステロイド、高級アルコール、ブピバカイン、ロピバカイン、メピバカインの異性体をもちい、アセチルコリン受容体を標的としてドッキングシミュレーションを行った。その結果、それぞれの麻酔薬結合部位において薬理活性を持つ部分と不正炭素の位置関係が立体的に示された。光学異性を持つものでも重要な薬理活性を持つ部位が不正炭素から遠位にある場合は光学異性の影響が少ないことが明らかになった。タンパク質の構造解析には従来エックス線構造解析が行われてきたが、麻酔薬-受容体の複合体の構造解析では、結晶化ができないためこの手法は適用されていない。ドッキングシミュレーションは麻酔薬-受容体複合体の構造を把握する上で有用な手法であると考えられる。今回の研究から麻酔薬と受容体の結合は必ずしも「鍵と鍵穴の関係」ではなく、むしろ「ルースな」結合であることが示唆された。
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