マウス胎盤内のadipsinタンパクについて調べると、妊娠10.5日、14.5日の両日とも正常部位に比べ、流産部位における量的増加が認められた。流産胎盤におけるadipsinの局在部位は迷路部および基底部領域で顕著であったが、正常部位の脱落膜においても陽性反応が認められた。In situ hybridizationでadipsinのmRNA局在を調べると、栄養膜細胞系列で陽性反応が確認できたが、特に巨細胞で強い反応が認められた。この所見は流産胎盤で顕著であったが、正常胎盤でも同様の傾向が見られた。つまり、流産胎盤の巨細胞はadipsinを高発現し、胎盤内へ分泌する可能性がある。Adipsinによって活性化される補体C3について調べると、流産部位においてC3の前駆体と不活化体iC3bの増加が確認された。次に補体活性経路のうち、adipsinが最も関与する副経路について調べると、流産部位より抽出したタンパクには副経路を活性化させる作用が認められたが、その増強効果は正常部位抽出タンパクに比べ約1.1倍であり、予想していた強い作用ではなかった。副経路において抑制作用を持つCrryの胎盤内発現を調べると、流産部位において有意な上昇が認められた。 Adipsinは流産胎盤で増加していたが、補体の活性作用は低く、補体の細胞傷害作用を介した流産誘発機序には関与していないと考えられた。Adipsin発現が認められた巨細胞は、胎盤内のホルモン産生や胎盤・胎児の発達に関連する。また、脂肪代謝遺伝子に変異があるマウスでは、巨細胞の減少が認められ、さらにadipsinは脂質の取り込みに関与することが知られている。我々は流産胎盤の栄養膜細胞が多量の脂肪を蓄積していることを確認した。Adipsinは胎盤内の脂質取り込みと巨細胞の分化・機能に影響し、妊娠生理および流産機序に関わる可能性がある。
|