これまでの研究成果で我々は、急性内耳エネルギー不全モデルの蝸牛外側壁の細胞死に小胞体(ER)ストレスの関与を示唆し、またERストレスを惹起するN型糖鎖修飾阻害剤Tunicamycin(TM)の内耳局所投与にて聴力が低下することを示している。今年度は感音性難聴の病態および治療法の解明のため、その発症機序として報告されていないERストレスに着目し、モデル動物の作成およびその病態解析を行った。 TM 200ng投与では聴力閾値の上昇は3-7日かけて70-80dBまで比較的緩徐に進行した。一部を引き続き30日後まで経過観察したが聴力の回復は認められなかった。TM 200ngより多い投与量では、聴力閾値の上昇が早まり、ほとんどの個体がスケールアウトになった。TM 200ng未満の投与量または小胞体-ゴルジ体間輸送阻害剤Brefeldin Aや小胞体Ca^<2+>-ATPase阻害剤ThapsigarginなどのERストレス惹起薬物の投与では聴力閾値の上昇は起こらなかった。組織学的解析では、TM 200ng投与7日後で外有毛細胞の一部脱落を含む変性が見られた。また、投与量依存的に傷害部位が拡大し、各内耳細胞でTMによるERストレスの感受性に差があることが判明した。ERストレスの指標となる遺伝子の発現量をReal Time PCRにて解析し、上昇していることを確認した。 以上の結果より、TMによるERストレスでの聴力閾値の上昇および聴力の固定は外有毛細胞の傷害に起因する可能性が示唆された。また、ERストレスは様々な外因性刺激によっても引き起こされることから、内耳細胞のERストレスは急性あるいは亜急性に発症し回復しない難聴の一部の病態に関与している可能性が推察される。来年度は、in vitroにおけるケミカルシャペロンの効果および浸透圧ポンプ留置による内耳局所への持続的投与の確立を試みる。
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