哺乳類の異形歯性歯列は、切歯、犬歯、小臼歯、大臼歯から成る。これらの歯種が発生の過程でどのように決定されているのかは、多くの研究があるにもかかわらず、未だ解明されていない。歯の発生過程における遺伝子の発現パターンが歯種決定機構にどのように関与しているのか調べるためには、まず、顎原基における切歯、犬歯、小臼歯、大臼歯の形成領域を正確に決定する必要がある。この目的のために、全ての歯種をそろえた食虫類の実験動物スンクスを使って、異形歯性歯列の形成を追跡した。方法として、連続組織切片から再構築した顎原基の上皮の3次元像と、スンクス胚から単離したSonic hedgehog (Shh)のmRNAの発現を用いて、スンクスの歯列の発生を調べた。その結果、歯胚上皮の肥厚が形態学的に観察される前から、Shhは将来の歯胚形成領域にアーチ状に発現した。その後、Shhの発現は、アーチ状の近心部と遠心部に局在するようになるが、それぞれが切歯形成領域と小臼歯形成領域に対応していた。上顎における切歯形成領域は、前頭鼻突起と上顎突起の境界をまたがって両者に広がっていた。犬歯形成領域は、切歯や小臼歯の形成より少し遅れて現れ、上顎突起と下顎突起の中央部に位置していた。大臼歯形成領域は、初めに規定された歯胚形成領域の遠心端が二次的に伸長することにより、遠心側に遅れて現れた。スンクス顎原基のShhの発現パターンによって明らかになった各歯種の形成領域や、形成の順番は、哺乳類の異形歯性歯列の基本的な発生機序を表していると考えられる。
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