昨年度までに坐骨神経結紮モデル動物における脊髄では、グリシンシグナル関連蛋白質に関しては変動は認められないこと、しかしながら、活性化ミクログリアのマーカー蛋白質であるOX-42の発現は術後一過性に上昇していることを明らかにした。これらの結果からミクログリアを介した神経因性疼痛発症機構が存在すること、神経因性疼痛の維持機構とは異なるメカニズムが存在することが示唆される。 本年度は、神経細胞内Cl^-濃度維持機構について検討をおこなった。同イオンはC1-汲み出しに関与するKCC2および細胞内に取り込むNKCC 1により維持されている。坐骨神経部分結紮によりKCC2の発現は術後12時間後から著明に減少し、3日後には回復した。さらにKCC2阻害薬であるR-DIOAを脊髄腔内に投与することによりアロディニア反応が惹起された。KCC2の発現制御に関与するBDNF特異的siRNAを脊髄腔内に投与し、同部位のBDNFをノックダウンしたマウスでは、神経因性疼痛の症状であるアロディニアが部分結紮後3日間は認められず、4日目以降に同症状の発症が認められた。一方、神経部分結紮後10日経過したマウスについて、BDNFをノックダウンした場合では、アロディニアの減弱は認められなかった。BDNF受容体TrkBについても、特異的siRNAを用いたノックダウンマウスを作成し同様の検討を加えたところ、神経損傷後3日間についてアロディニアは認められず、損傷後10日目以降にTrkBをノックダウンしてもアロディニアを抑制することは出来なかった。これらの結果から、神経因性疼痛初期におけるアロディニア等の痛みは、BDNF-TrkBシグナルによるKCC2発現低下に起因することが強く示唆される。
|