歯髄組織は、その周辺を硬組織に囲まれている特殊な環境にあるため、歯髄の起炎細菌による感染の進行に対しては抵抗力が弱い。そのため、不可逆性歯髄炎の治療に際しては感染歯髄を除去する必要があり、長期にわたり健全なロ腔機能を維持する観点から不利は否めない。 そこで本研究計画は、生体が本来有するバイオロジカルロバストネス(生物学的頑強性)の概念を、歯髄組織において強化して応用しようとするものであり、今年度の研究はその先駆的な位置づけとなる。 我々は、歯髄組織においてロバストネス強化となる主休はカルプロテクチンやディフェンシンといった抗菌ペプチドであると考えるため、それらを医療に応用するためには、まず歯髄組織におけるそれら遺伝子発現の様態や調節機構、その過程における転写因子による制御、およびそれらペプチド分子の産生・分泌の様態を確認する必要があると思われる。 まず、同意を得て提供されたヒト健全抜去歯から歯髄組織を無菌的に分離し、歯髄細胞を培養した。その培養した歯髄細胞からRNAを抽出し、各種抗菌ペプチドの遺伝子発現を調べた。 その結果、生体内で自然免疫の重大な役割を担っているディフェンシン遺伝子の発現をPCR法にて確認した。また、生体の炎症過程において重要な役割を担っているカルプロテクチンや、その他抗菌ペプチドの発現について現在確認作業を進めている。 抗菌ペプチドが分泌に至るまでには、様々な因子が関与していることが知られている。そこで、歯髄細胞培養系に、各種因子を添加して、それによる抗菌ペプチド遺伝子発現の変化を確認した。その結果、ディフニンシン遺伝子は、炎症性サイトカインとされるIL-1βによって、その発現が何らかの調節を受けていることも判明した。 最終的に抗菌ペプチド分子の産生・分泌を制御するためには、その遺伝子発現経路や転写因子による制御を知る必要があるため、遺伝子欠失変異体(Deletion mutant)を作成し、今後研究を進める予定である。
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