本研究は、義歯床圧に対し義歯を支える顎骨の反応について遺伝子発現の視点から解明することにより、義歯の設計や負担様式の判断に役立てることを目的としている。細胞は圧縮力を受けると、速やかに骨形成因子、BMP2の発現が誘導される場合がある。一方で、炎症性サイトカインTNFが多く分泌される慢性炎症などにおいて、TNFはそのBMPシグナルに抑制的に作用することが知られている。平成20年度は実験モデルとして、細胞培養系を用い、力学的なストレスにより誘導されるBMPシグナルと、過剰な応力等により生じる炎症性サイトカインTNF由来シグナルとのクロストークに関する、遺伝子発現レベルでの網羅的な解析をcDNAマイクロアレイ法により試みた。実験にはBMP受容体の一つであるBMPRIIを安定発現するよう改変したヒト線維芽細胞様HEK293細胞株を用い、無処理(対照群)のサンプル、BMP2単独で3時間処理したサンプル、もしくはBMP2(100ng/ml)とTNF-a(50ng/ml)を共に3時間処理したサンプルを用意し、total RNAを回収し、cDNAに逆転写後、DNAチップ(約25000プローブを搭載)と一色法でそれぞれ反応させ、遺伝子発現の差異を比較した。その結果、BMP2処理により発現量に影響を受ける遺伝子(上昇502遺伝子、抑制451遺伝子)の中でTNF-aの共処理により発現が抑制される遺伝子群(SUSD1遺伝子を含む73遺伝子)と、逆にむしろ発現誘導が促進される遺伝子群(FAM105Bを含む128遺伝子)が抽出された。これらの結果により、BMPシグナルがTNFシグナルにより受ける影響のゲノムワイドなプロファイルを得ることができた。こうした実験モデルから得た遺伝子情報が、将来的な義歯床の分子生物学的評価系の確立に向けた、今後の基盤的研究等に活用されることが期待される。
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