本研究は、義歯床圧に対し義歯を支える顎骨の反応について遺伝子発現の視点から解明することにより、義歯設計や負担様式の判断に役立てることが目的である。細胞は圧縮力を受けると、速やかに骨形成因子(BMP)の発現が誘導される。一方、炎症性サイトカインTNFが多く分泌される慢性炎症等で、TNFはそのBMPシグナルに抑制的に作用する。平成21年度は昨年度に続き、力学的なストレスで誘導されるBMPシグナルと、過剰な応力等により生じるTNF由来シグナルとのクロストークに関する、遺伝子発現レベルでの網羅的解析をDNAチップを用い試みた。実験にはBMP受容体の一つBMPRIIを安定発現するよう改変したヒト細胞株HEK293-BR2を用い、無処理(対照群)の試料、BMP2単独で3時間処理した試料、もしくはBMP2とTNF-αを共に3時間処理した試料を用意し、回収したmRNAをcDNAに逆転写後、DNAチップと一色法でそれぞれ反応させ遺伝子発現の差異を比較した。その結果、(1)前年度の解析で明らかにした、BMP2処理で発現量が上昇し、かつTNF-αの共処理でその発現上昇が抑制される73の遺伝子群の内、MPPE1を含む9つの遺伝子が上流プロモーター領域にBMP応答領域(BRE)様配列を保有することが明らかとなった。(2)パスウェイ解析手法により、BMP2処理による影響が認められた、Notch経路を始めとする12の細胞内シグナル伝達経路の内、Wnt経路やT細胞受容体経路を始めとする4つのシグナル経路への影響が、TNF-αの共処理により抑制されることが明らかとなった。これらより、BMPシグナルがTNFシグナルにより受ける影響のゲノムワイドな検討材料を得た。本実験モデルから得た遺伝子情報が、将来的な義歯床の分子生物学的評価系の確立に向けた、今後の基盤的研究等に活用されることが期待される。
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