ヒト咀嚼時の顎筋活動を計測し、そのパタン変動を主成分分析で検証することにより、咀嚼運動が少数の制御要素による制御を受けているか検証した。本研究では、咀嚼時の顎筋活動の変動を周期中の位相を含めて解析するために、切歯点運動経路に基づいて咀嚼周期を開口、閉口、咬合の3相に分け、各相の所要時間を任意の数に等分した時点を設定した。これにより、各相の所要時間が標準化されるとともに、咀嚼周期中の特定の位相を示す時点が設定されるので、これら時点における筋活動レベルをデータ列として記載することで、各周期における個々の筋の活動パタンを記述することが可能となる。被験者は、正常有歯顎者8名である。各被験者の両側咬筋、側頭筋、顎二腹筋前腹から右側片側ガム咀嚼中の筋活動を導出した。1咀嚼周期の筋活動パタンを96個のデータ列として記述し、各人200周期の表面筋電図、咀嚼経路に上述の方法を応用して、主成分分析を行った。その結果、各人、固有値1以上の主成分が平均15.0個抽出され、それらによって変動全体の約90%を明できることが明らかとなった。各主成分の変動は、ひとつ以上の筋の、ひとつ以上の時点における筋活動レベルや咀嚼経路に有意な影響を及ぼし、顎筋活動が主成分として抽出される互いに独立な変動の重畳として記述できることが示された。一方、各主成分の変動に伴う筋活動レベルの変化は、必ずしも主成分得点係数の絶対値が大きいところのみで生じるわけではないことから、ある主成分に伴う筋活動レベルの変動が、別の変動と連動することが判り、その要因として筋活動制御における非線形成や顎筋の機能的不均質性の関与が示唆された。
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