昆虫被害部位から放出された揮発性物質が植物体外を飛散し、同一個体の未被害部位に防衛を誘導すること(auto-signaling)の可能性について検証を試みた。ジャヤナギのポット植え一年枝の中央辺りの葉に傷処理を与え、1日後に上部の隣接する未被害葉を採集した。同様に、対照として無傷のポット植え株から葉を採集した。これらからtotal RNAを抽出し、RT-PCRによって防御関連遺伝子の発現を比較したところ、傷処理株では隣接葉にlipoxygenaseとtrypsin inhibitorの誘導的発現が認められた。また、傷処理した葉に袋をかけて1日後に隣接葉の発現を調べたところ、その発現強度は同程度であった。一方で、ヤナギが放出する揮発性成分を分析し、ハムシ食害時特異的に放出される複数成分を明らかにしているが.なかでも特に幼虫食害で顕著に放出されるβ-ocimeneや(Z)-3-hexenyl acetateについて、ヤナギの匂い応答性を調べた。両者のヘキサン希釈液を塗布した濾紙片とともに健全ヤナギをチャンバー内に設置した後、経時的に葉を採集して防御関連遺伝子の発現を比較したところ、そのような匂い処理自体では顕著な発現が誘導されなかった。これらの結果と対照的に、植物上で飼育したハムシのパフォーマンス比較では、生存率や蛹重の低下および蛹化までに要する時間の増加等、食害で放出される匂いを暴露した植物の抵抗性向上を示唆する結果を得ている。以上のことから、ヤナギは匂い受容のみで防衛を開始するのではなく、匂い受容した後で食害を受けたときにより強力な防衛能を解発しており、揮発性成分にはそうした「プライミング効果」があると推測された。樹木の維管束連絡やモジュール性といった特徴を考慮すると、揮発性成分を介したシグナル伝達によるプライミング機構は対昆虫防衛において重要な生態学的意義を有しているものと考えられる。
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