(1) 10月に名古屋で行った学会報告のために書いた論文では、19世紀中葉「大改革」期に社会で起こった教育運動や教育論議を分析した。この研究を通して、(1) この「大改革」期に、すべての身分に対して教育を行うべきだとする考え方や運動が広がったこと、(2) しかし、あくまで身分=職能の区分を維持したまま、その範囲内で道徳的資質を高めることをめざすものであったこと、(3) 教育改革の必要性は、危機感から生じたものではなく、皇帝と政府の呼びかけに熱狂的に応じたものであったこと、などを明らかにした。結論として、改革の初期において、社会では、皇帝を中心として各身分が自らの職能の範囲内での資質の向上をめざすという有機的な世界観が大勢を支配していたことを明らかにした。 (2) 11月にフィラデルフィアで行った学会報告のために書いた論文では、19世紀中葉「大改革」期における女子教育の在り方を明らかにした。そこでは、女子教育が発展した背景には、外部の移ろいやすい世界で生きる男性よりも、将来母となって家庭に残る女性を教育することで、道徳的向上が見込まれ、安定的な身分の再生産が果たせる、という認識が存在したことを論じた。 この二つの研究から、「大改革」期初期のロシア社会では、身分制を維持した上で、それぞれの道徳的資質を高め、皇帝を中心とした有機的社会を発展させるような教育改革がめざされていたことを明らかにした。これにより、専門職者としての教員集団と対峙する当時の社会の特質が鮮明なものとなった。
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