本研究では環オホーツク海および環ベーリング海地域を対象として先史時代以降展開した海獣狩猟文化の成立・変容のプロセスを解明することを目的とし、特に骨角製狩猟具である銛頭に注目して、オホーツク海沿岸(北海道と千島列島)とベーリング海沿岸(セント・ローレンス島)における資料調査を行なった。従来の骨角器研究にみられた方法論的な限界を克服するために、表面的な形態を比較するだけに留まらず、遺物の徹底的な観察によって残された痕跡を読み取り、製作から廃棄に至るプロセスを復元することを目指した。また銛頭の機能的側面を考察するためのバックデータを得るために、礼文島におけるトド撃ち猟師への聞き取り調査と銛頭の製作・使用実験を行なった。 北海道では、道東部のトコロチャシ跡遺跡とモヨロ貝塚、道北部の利尻・礼文島の資料について調査を行なった。千島列島の資料については、前年度に引き続いて東京大学総合研究博物館所蔵資料の整理作業を行ない、資料の図化をほぼ完了した。19世紀末に鳥居龍蔵によって収集されたものが中心であるが、北千島は対象地域の中でも資料が著しく乏しいため、今日でも資料的価値が高いものである。アメリカ合衆国の国立自然史博物館では、ベーリング海沿岸地域における編年の基礎資料としても重要な1930年代のセント・ローレンス島出土資料の調査を行なった。前年度までに行なったアラスカ大学所蔵の同島出土資料の調査成果と合わせると、当該地域における銛頭の製作・再加工プロセスには時期的な変化がみられる可能性が高い。これまでの日本列島の資料を扱った研究で蓄積してきた技術形態学的な分析成果と比較することにより、それぞれの地域における骨角製狩猟具の運用システムの特徴をとらえることが可能になった。
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