【研究目的】本研究は、中国西南部の四川地域に現存する漢代の石刻美術作品、「石闕」を研究対象とし、実作品と文献史料の双方による石闕造営背景の検討、ならびに造営者による主題の選択意図の解明を目指ずものである。石闕とは、2世紀から3世紀初頭にかけて地上の墓域に造営された石造の門を指し、死者の眠る墳墓に到るまでの参道入口に建てられた建築遺構である。それらは墓域の入口に造営されたが故に、死者の世界と地上の現実世界とを分かつ役割を担う建築物であった。とすれば、そこにあらわされた神仙や儒教系歴史故事は、死者の魂の安寧を願うためだけのものではなく、地上の現実世界へ向けても、何らかの意味を発するものとして描かれた可能性があろう。 【研究方法】本研究では、高精細デジタルカメラを用いたフィールドワークに基づき、図像の詳細な記録作業を行った。それにより、まず1992年刊行の『四川漢代石闕』の内容を補訂し、のちの漢代美術研究に資するものとなる基礎資料の作成を目指した。そののち、図像細部の詳細な観察、ならびに『後漢書』『華陽国志』の記載をもとに、現実世界の住民に向けて発せられた意味や、石闕造営者たちの意図の解明を試みた。 【研究成果】19年度の調査では、雅安市高頤闕、綿陽市平楊府君闕、蘆山県樊敏闕の調査を実施した。その結果、神仙図像と儒教系故事図像が混在する特異な表現手法を確認することができた。これは、享楽的な神仙思想と合理的世界観をもつ儒教が渾然一体となった、この地特有の死生観を物語る一つの証左であろう。四川東部の渠県、ならびに重慶市に現存する石闕の調査を残しているものの(20年度実施予定)、後漢時代の四川地域では、亡き一族のための石闕造営という儒教的孝徳の実践が、死後仙界へ到達するための手段として考えられていた可能性を、現時点で指摘することができよう。
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