フランスの詩人・散文作家・民族誌学者ミシェル・レリスの作品を究極のモデルケースとみなすことによって、今世紀の文学の特徴であるジャンル混交的な散文作品と、それに対する批評の在り方を探求することが本研究の目的である。本研究者は、これまで、主にレリスの文学作品の詳細なテクスト読解を方法としてきていたが、本研究においては、新たに、レリスの民族誌学的著作に目を向けることによって、それらの著作とレリスの文学作品との関係を浮かび上がらせようと試みた。具体的には、レリスの民族誌学の仕事の代表作であるにも関わらず、これまでのレリス研究においてまったくといっていいほど言及の対象とされてこなかった『サンガのドゴン族の秘密言語』に注目し、一見したところ難解な専門書としかみえないこの著作に、いかなる詩的射程が潜んでいるか、この著作の執筆がレリスの自伝的探求の発展(エロスの問題系から言語的な問題系への移行)において、いかなる役割を果たしていたかを明らかにした。この著作の読解および当時のパリの知的状況を探ってゆくと、奇しくもレリスの自伝的大作『ゲームの規則』のクライマックスに唐突に登場する「赤」のテーマをめぐる謎が解けてきたのである。本研究を通して提出されている方法論とは、文学作品、自伝、詩作品、民族誌学、といった既成の枠組みにとらわれることなく読解を進めることであり、固定概念から自由になって作品に向き合えば、そこには常にミシェル・レリスという同じ一人の人の声を聞くことができる。2008年度の春に行なった仏語での口頭発表「文学をいかに教えるか」においては、これと同様の発想のもとに「文学の授業」という概念からいかに自由になって授業を行いうるかという可能性を論じた。
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