本研究は、フランス革命初期にプロイセン出身の国民公会議員として活動したアナカルシス・クローツ(Anacharsis Cloots)の国家論、特に彼の「人類主権」論について、当時のフランス議会において採択された開放的要素を伴う施策の立法化、及びその後の外国人及び外国出身者の排除的諸措置の確立という歴史的事実を踏まえた上で、現代的視点から憲法学的考察を行うことを目的としている。本研究の意義は、彼の「人類主権」論の内容を、その著書・議会演説等から把握・分析することによって、近代国民国家が一貫して古典的「市民権」(主権的政治的権利)の領域から排除してきた「外国人」をも包含し得る「人類」を主権者としたことの意義、目的、影響等を明らかにするとともに、EU統合下にあってその普遍主義的国家モデルの変容が論じられている現代フランスにおいて、このクローツのユートピア的国家論の現代的再構成の可能性(ないし不可能性)を検証し、「国籍」と主権・市民権の関係を彼の理論を通じて解明することにある。 これまでの日本の憲法学においては、クローツの憲法草案の規定をただ紹介しているのが確認されるだけであったが、近時「国民国家」を相対化する議論が欧米及び日本で展開する中で、特に歴史学・哲学の領域において、彼の生涯、思想、活動が紹介・検討され、そのコスモポリタン的共和主義思想が注目されている。 本研究の一年目において、特に日仏の歴史学の研究成果から認識し得たことは、(1)クローツは国民公会で市民権を付与され、議員にも選出されると同時に、彼の憲法草案がロベスピエールの人権宣言私案にも大きな影響を与えていることから、クローツの思想は大革命のある時期までは受容されていたと理解し得ること、(2)しかしながら、彼の憲法草案にみる「人類主権」論は、その大革命の理念の一側面(「人間の尊厳」)を極めて特異な形で強調したものであり、国家の枠を超えた国家のないそのユートピア社会論は、大革命がナショナリズムに傾斜していく中で排斥されるべき対象となっていったこと、(3)クローツが説いた「人類主権」の憲法草案には統治機構が存せず、さらに主権国家の否定を前提とする「非現実的」なものと考えられたこと、である。
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