本研究の目的は、フランス革命初期に「フランス市民権」を付与され、国民公会議員として活躍したプロイセン出自の政治家・思想家であるアナカルシス・クローツの「人類主権」論について、現代的視点から憲法学的・憲法思想史的研究を行うことである。本研究の意義は、近代国民国家が「市民権」の領域から排除してきたと考えられる「外国人」をも包含する「人類」を主権者としたことの意味・目的等を研究することによって、EU統合下、その国民国家モデルの変容が論じられている現代フランスにおいて、「人類主権」論の現代的再構成の可能性(ないし不可能性)を検証することである。 フランス公法学の諸教授から直接知識の提供を受け、さらに文献研究を通じて到達した結論は、以下のようなものである。第一に、「人類主権」を明記するクローツの憲法草案には統治機構が存在しないため、現代公法学においては空想的なものと認識されていること。第二に、ロベスピエールの人権宣言案にも影響を与えたクローツの「人類主権」論は、彼の「世界共和国」構想(「人権思想が徹底された法社会」・「地域風土の差異を超えた同質的な人間性の下で、生産物も思想も自由に交換・流通可能な経済社会」・「人間本性を偽り覆い隠す諸宗教を廃し、無神論によって統一された信仰社会」)の中心に位置づけられる考え方であること。第三に、「人類の幸福」のために国境を除去すべしとする革命期の彼の考え方には、現代における「人権の国際化」、人道的介入の是非、さらに超国民国家的憲法論について議論する際にも、参照されるべき内容が包まれているということである。
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