本研究は、ドイツの現行詐欺罪規定を取り巻く解釈論及び判例の動向を手がかりにして、日本の詐欺罪規定がこれから採るべき方向性を明らかにすることを目的としている。 近時、日本では、判例における詐欺罪の成立時期の早期化傾向が指摘されている。もっとも、詐欺罪の成立範囲の拡大が必ずしも望ましいと考えられているわけではなく、その適切な限定づけが求められる。ドイツでは、1970年代以降、詐欺罪関連規定の新設や改正が繰り返されており、その背景にある社会状況は日本と共通していると考えられることから、ドイツにおける議論状況を検討して、日本における詐欺罪規定のあり方を考える上での示唆を得ることとした。 本年度は、主として、ドイツにおける詐欺罪関連規定についての研究を行った。ドイツ刑法では、犯罪の実態に即した刑事規制の必要性に対応して、詐欺罪関連規定が具体化・詳細化された。その結果、基本的な詐欺罪構成要件とは保護法益が異なると考えられる詐欺罪関連規定が刑法典の内部におかれるようになった。例えばその一例である補助金詐欺(ドイツ刑法264条)の規定は、基本的な詐欺罪であれば未遂段階にある行為で既遂犯を成立させるものであり、処罰を早期化する規定であると考えられる。かような立法状況が、ドイツで詐欺罪の保護法益をめぐる議論が活発となった背景にあることがわかった。 日本でも、詐欺罪の成立範囲を拡大しようとするならば、その保護法益内容の理解につき、同様の問題が生じると考えられる。また、新たな形態の詐欺的行為に対する刑事規制のあり方を考える際にも、刑法典上の詐欺罪関連規定を充実させる形で対応したドイツ刑法との対比は、日本における詐欺罪規定と特別法上の規定との役割の相違を明らかにする上で役立つと考えられる。これらの点についての検討を、次年度に継続して行いたい。
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