本年度においては、これまでの報告者のシジウィック研究を総括する形で、単行本の刊行を最大の目的に位置づけて研究を進めた。 『倫理学の諸方法』(1874年)の著者として知られるシジウィックには、『経済学原理』(1883年)および『政治学要論』(1891年)という著作が存在する。本研究の目的は、これら三つの主著の相互関係に注目することで、シジウィックが包括的な哲学体系を築き上げようとしたことを明らかにし、さらにその現代的意義を問うことである。 報告者は、これらのシジウィックの各著作、ならびにその他のシジウィックの著作・論文などを精読した。さらに英国に渡航し、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ所蔵の『Papers of Sidgwick』に収められた彼の手紙や日記などの手記類の調査も行った。そして、これらの調査から得られた知見をもとにして、功利主義と経済学の関係を主軸としながら、彼の包括的な哲学体系を明らかにする研究成果として、『功利主義と経済学:シジウィックの実践哲学の射程』(晃洋書房、2009年)を刊行した。 ここで報告者の研究成果のオリジナリティは、特に次の3点にある。第一に、倫理学・経済学・政治学からなる哲学体系をシジウィックが構築しようとしたことを明らかにし、その現代的意義を示したこと。第二に、シジウィックが、J.S.ミルの哲学を乗り越えようとしたことを明らかにしたこと。第三に、現代経済学の背後にある思想ともいえる功利主義の性質について、洗練されたシジウィックの思想を足がかりとしながら明らかにしたことである。
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