相空間の標準的な測度を保つ写像が与えられたとき、その写像のエルゴード性の判定は基本的な問題である。更に、エルゴード性が系の微小な保測摂動下で保たれるのか否かは、実際的にも理論的にも興味深い問題である。これは安定エルゴード性の問題と呼ばれ、近年部分的双曲型力学系の分野において重要な研究対象となっている。安定エルゴード性の問題は、与えられた写像が特に体積保存Anosov系であれば、既に知られている結果から肯定的に解決される。しかしながら'中心'と呼ばれる方向を許容するような一般の体積保存部分双曲的力学系については、部分的な結果はあるが、未だ完全には解決されていない。以下で説明する今年度の研究業績は、この問題に対する応用が期待されるものである。 保測力学系が与えられると、その測度に依存したエルゴード的鉢(あるいは生成点集合)と呼ばれる集合が定義できる。エルゴード的な系であればこの集合は全測度をもち、従って特に空でない。しかしながら一般に、エルゴード的でない系についてエルゴード的鉢が空でないのか否かは非自明な問題である。昨年度より引き続いて鷲見直哉氏(東京工業大学理学部)と行った共同研究において、殆ど全ての安定多様体と不安定多様体が横断的交差をもつ非一様双曲型力学系について、そのエルゴード的鉢のHausdorff次元の評価を与えた。この結果から特に、横断性の条件をもつ非一様双曲型力学系のエルゴード的鉢は空でないことが従う。更に、その証明を改良することで、力学系の大偏差原理も同時に示すことができた。 現在これらの研究結果をまとめた鷲見氏との共著論文の投稿準備中である。
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