平成20年度は、スピンダイナミクスに対する理論的研究および測定装置の開発を進めた。 レーザー励起直後の励起三重項状態のスピンダイナミクスに対して、密度演算子を用いて理論的な考察を行った。その結果、励起三重項状態の三つのスピン副準位のうち、二つの副準位がエネルギー的に縮重する磁場領域(ペンタセン励起三重項状態において14mTおよび50mT程度)では、二つのスピン副準位が超微細相互作用により強く相互作用し、大きな量子ビートが生成することを明らかにした。さらに、すでに得られている溶液中のラジカル対に対する磁場効果データを解析したところ重原子を含む系ではスピン-軌道相互作用の効果が大きいことが確認された。解析から、スピン-軌道相互作用の効果は、主に(1)g値の変化および、(2)スピン緩和の促進であることがわかった。今回の結果によるとスピン軌道相互作用により、スピン緩和が促進される。これは、ファラデー回転測定において、緩和により測定効率が低下することを意味している。一方、励起三重項状態の生成にはスピン-軌道相互作用の効果が大きい方が有利である。したがって、スピン緩和があまり促進されない程度のスピン-軌道相互作用を持つ材料において、時間分解ファラデー回転測定が最も容易であることが示唆された。 有機固体中でのスピン状態を検出するため、時間分解ファラデー回転装置の構築を行い、標準試料を用いて、通常の過渡吸収測定およびcwでのファラデー回転測定に成功した。しかし、励起三重項状態のスピン検出には至らなかった。測定装置のさらなる高感度化が必要であることが明らかとなった。
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