本研究では、内殻励起をトリガーとした化学反応の全過程を扱えるマルチタイムスケールの理論枠組みを構築し、反応制御の指針を提案することを目的としている。今年度は、これまで開発し確立させた計算手法であるCV-B3LYPに基づく密度汎関数理論法(DFT)を用いて、cytidine分子の内殻の電子構造の検討を行った。具体的には、cytidine分子におけるcytosineとdeoxyribose分子部分の役割に関して詳細に調べた。分子構造に関しては、cytidine分子中のcytosineとdeoxyriboseの分子部分は、元々の単分子構造からあまり変化してないことがわかり、X線などによる構造解析から分子内の局所的な情報を抽出することが困難なことが示唆された。一方、酸素、窒素、炭素の内殻イオン化スペクトルを検討したところ、単分子に比較すると、塩基の6員環は変化が少ないのに対し、糖の5員環は大きな変化を受けていることがわかった。これは、cytosine分子部分は芳香性が高く、安定で影響を受けにくかったのに対し、deoxyribose分子部分の糖の5員環はフレキシブルで変化しやかったためと考えられる。このように内殻の情報を詳細に解析することで分子内における局所的な情報を得ることに成功した。前年度、今年度の研究により、内殻励起状態を高速に計算する手法、内殻の情報を抽出する解析手法(エネルギー密度解析)の確立に成功し、内殻励起をトリガーとした化学反応を扱える理論枠組みを提案した。
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