音楽ホールの新設・改修・有効活用および演奏教育のための基礎研究として、三次元音場シミュレーションによる響きの呈示下での実験と、そこで得られた演奏音の音響分析を組合せるという新たな試みにより、第一線で活躍する熟練の演奏家らがホールの音響条件に応じて演奏表現を調整することを確認し、その調整の度合いを定量的に把握することを目的として実験を通して検討を行った。本研究に先立つ試奏実験において楽器演奏家らから「響く音場では響かない音場と比較して"間を長く"あるいは"発音時間を短く"演奏する」というコメントが多く得られ、収録された演奏音を用いた第三者による試聴実験においてもアーティキュレーションに関する差異が知覚されたことを踏まえ、プロの楽器演奏家4名の協力を得て音場シミュレーションシステムを使用した試奏の収録音について、アーティキュレーションに関する音響特徴量を抽出して分析を行った。その結果、「ホールの響きに応じて演奏表現が変わる」と明言していた演奏家3名(バイオリン奏者1名、オーボエ奏者1名、フルート奏者1名)の演奏音のNote-on ratio(隣接するonset間隔IOIに対する発音時間長Note-on durationの比率)には音場条件によって有意な差異があることが示された。とりわけ、3名の中で音場によるアーティキュレーションの調整の度合いが最も大きかったオーボエ奏者1名の演奏音のNote-on ratioの値は、残響時間3.1秒のカトリック教会のシミュレーション音場条件下では、残響時間1.4秒の小ホールのシミュレーション音場条件下と比べて8%、無響室と比べて15%小さいことを確認した。
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