音楽ホールの新設・改修・有効活用および演奏教育のための基礎研究として、三次元音場シミュレーションによる響きの呈示下での実験と、そこで得られた演奏音の音響分析を組合せるという新たな試みにより、第一線で活躍する熟練の演奏家らがホールの音響条件に応じて演奏表現を調整することを確認し、その調整の度合いを定量的に把握することを目的として実験を通して検討を行った。 本研究に先立つ演奏家へのインタビューにより、少なくともテンポ・音量・強弱・音符長・倍音・ビブラートに関しては、演奏家が室内音場条件に応じて変化させる可能性が示されていた。そこで本年度は、これらの演奏表現に対応する、平成19年度に音響分析された演奏音の音響特徴量の分析結果を整理し、「演奏音の音響特徴量」、「室内音場条件に応じた演奏の調整に対する演奏家の意識」、「室内音場の音響指標との対応関係」について、総合的な考察を行った。 その結果、テンポ・音量・強弱・音符長・倍音・ビブラートは、演奏家の意識と概ね一致して室内音場条件に応じて調整されることが定量的に示された。また、演奏音の音響特徴量と室内音場の音響指標との対応関係について、以下の3点が明らかになった。 1.テンポは、残響時間が長い場合と極端に短い場合に共に遅くなる 2.音符と音符との間の長さは、残響時間が長い場合に長くなる 3.演奏音量は、残響のエネルギーが大きい場合に小さくなる これらの知見は、演奏音をホールの響きによって変化するものと考えて行う建築音響設計、ならびに演奏家が演奏者を志すものに対して行う、ホール音響に応じた調整という演奏技能に関する演奏教育のために有用であると考えられる。
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