研究の全体構想は、高齢者が要介護となっても、生活の質(以下、QOLと略す)を維持したまま住み続けられるヒューマンスケールな近隣環境を評価することを目的とし、高齢者のQOL指標に「近隣環境への愛着」を据え、それと生活実態要素の関係性を分析することである。本研究では、その初期段階として、健常高齢者が愛着を持つ近隣環境の質的要件を整理する。具体的には、高齢者の近隣環境への愛着や生活実態に関する要素を指標化した後、健常高齢者を対象として、環境条件の異なる地区において調査を行う。平成19年度においては、近隣環境への愛着やそれに関する要素を指標化するための文献整理と、それに基づいた予備調査を行った。文献調査では、近隣環境への愛着には、行く頻度の高い場所が地区に多くあるといった量的な要素以外にも、その場所でのエピソード(体験)が重要であることがわかった。エピソードを分析することにより、高齢者個々人の場所への意味づけから近隣環境への愛着の発生を調べることができ、このことは、高齢者の多様な実態と心理を捉える、より質的な研究を可能にすると考えられる。また、予備調査では老人福祉センターに通う3名の健常高齢者に対して、それぞれ30分程度のヒアリング調査を行った。その結果、個々人で居住地区におけるエピソードのある場所は大きく異なっており、それには出身地や居住年数、以前の職業といった、いわゆるパーソナルヒストリーが大きく影響していることがわかった。また、ひとり暮らし(独居)である高齢者にとって、愛着の持てる近隣環境が生活のなかで重要な役割を担っているケースがあり、このことは、閉じこもり予防にも役立つと考えられる。このような結果から、高齢者の近隣環境への愛着には、場所でのエピソード、パーソナルヒストリー、独居について中心的に分析する必要があることがわかった。
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