一次線毛は真核生物の細胞表面に見られる線維状構造物であり、その形成不全が様々な遺伝性疾患と関連していることが近年明らかにされつつある。担当者は一次線毛の機能不全に伴う先天性水頭症の分子機構を明らかにするために、脳室内で脳脊髄液(CSF)の産生を担う脈絡叢上皮細胞(CPEC)が一次線毛を介したシグナル伝達経路によってCSF産生量を調節しているという仮説を立てた。平成20年度の研究成果は以下の通りである。1) CPECが持つ多数の一次線毛にはNPFFR2という受容体が局在し、リガンドであるNPFFによる刺激に応じて細胞内cAMP濃度を低下させることを示した。また抱水クロラールを用いた線毛形成阻害は、低濃度のNPFFに対する細胞の応答性を低下させた。これは一次線毛に受容体が局在することによってシグナル受容の感度が高められるという新しい動作機構を呈示している。2) CPECがNPFFを発現していることをRT-PCRで見いだし、またNPFFRのアンタゴニストであるBIBP3226がCPECのCSF産生量を増加させることを示した。これによりCPECがNPFFのautocrine signalingによってCSF産生量を定常的に抑制しているという、新たな分子機構を明らかにした。以上の研究成果により、CPECの一次線毛を介したCSF産生調節シグナル伝達解明の端緒が開かれた。更に申請者は、3) CPECの一次線毛を単離・精製することに成功し、また4) 一次線毛を持つCPECと従来型線毛を持つ上衣細胞の両方からcDNAライブラリーを作成した。これらの研究成果は、CPECの一次線毛に特異的に存在する受容体群を網羅的に解析し、一次線毛を介したCSF産生調節シグナル伝達の全容を解明するための重要な基盤であり、今後独創性の高い研究を遂行していくための基盤を整えることができた。
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