研究概要 |
本研究は、細胞性粘菌の自発運動と走性応答に注目し、実験から得られる細胞運動の時系列データ解析とモデリングを行うことにより、細胞情報処理システムにおける自発的揺らぎと機能との関係を定量的に探ることを目的としている。これまでに、外部入力のない状態で示される細胞の自発運動や揺らぎのダイナミクスを、1細胞計測実験に基づく時系列データの統計的解析を通じて、定量的なモデル化を進めてきた。本年度は、更に非平衡統計力学に基づく解析も進め、細胞運動の速度分布に対してFluctuation Theoremの適用を試み、細胞状態を特徴づける状態量の抽出可能性を検討した上で結果を論文として報告した(Hayashi & Takagi,2007)。また、細胞の発生過程の進行に伴う自発運動ダイナミクスの変化を解析することにより、細胞が生長期には食餌行動を、飢餓状態には集合行動に適した運動パターンを示すことについて、一般化ランジュバンモデルを通じて定量的に明らかにした(H.Takagi submitted)。また,情報伝達経路や運動機能に異常のある複数の変異体株細胞での自発運動の解析を開始し、予備的段階ではあるが、細胞由来の揺らぎの性質の変化や振動的なダイナミクスの顕在化が見出された。更に、外部入力下での細胞の走性応答が、自発運動の変調によりどのように実現されるのかについて、細胞の走電性実験のデータを基にした解析も開始した。その結果、予備的段階ではあるが、細胞の情報処理効率は外部入力の強度に対し、細胞が自身の自発運動を線形に変調することにより実現されている可能性が示唆された。以上の結果は、細胞の自発運動が細胞情報処理において機能的意義を果たすことを示すと共に、そのダイナミクスの分子的基盤についての理解を進めることにつながるものである。
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