樹木の木部柔細胞は、凍結温度に対して深過冷却という適応機構を示す。近年、我々は、冬季に柔細胞の過冷却能力が-40℃に達するカツラの木部組織から4種の過冷却促進成分を単離し、それらがフラボノールの配糖体であることを明らかにした。本研究では、これらのフラボノイドが深過冷却機構に果たす役割の解明を目的とし、本年度は以下に示す成果を得た。 <フラボノイドの化学構造と過冷却促進効果との関係>アグリコンの種類や糖残基の結合様式の異なるいくつかのフラボノイドについて過冷却促進効果を調べることで、過冷却促進効果はアグリコンの構造により異なり、アピゲニンなどのフラボンやケンフェロール、ケルセチンといったフラボノールの配糖体が高い効果を示すことを明らかした。 <過冷却促進成分の蓄積部位>新鮮なカツラの木部組織をDPBA試薬で処理し、共焦点レーザー走査顕微鏡で観察したところ、木部柔細胞の細胞質からフラボンもしくはフラボノールによる強い蛍光が観察された。上述したとおり、フラボン及びフラボノールの配糖体が高い過冷却促進効果を示すこと、また、フラボノイドは細胞質において配糖体として存在すると予想されることから、この蛍光は過冷却促進成分の分布を示すと思われる。この結果は、木部柔細胞は細胞内にフラボノイドを蓄積することで、致死的な細胞内凍結を防いでいる可能性を示唆する。 <季節的な過冷却促進成分の蓄積量の変化>カツラの木部柔細胞の過冷却能力は、夏季には-25℃程度であるが冬季には-40℃程度まで上昇する。同定した4種の過冷却促進成分について、木部組織における蓄積量の季節変化をHPLCにより調べたところ、木部柔細胞の過冷却能力とフラボノイドの蓄積量との間に相関性は見られなかった。この結果は、季節的な低温馴化による過冷却能力の変化には、上述の4種のフラボノイドの蓄積以外の何らかの因子が関与することを示唆する。
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