本研究では炎症性腸疾患炎症部に於ける特異的な上皮分化様式の分子機構の解明を通して、同疾患に於ける上皮再生の分子機構の解明と粘膜再生治療への応用を最終的な目的としている。1)腸管粘膜再生における Notch シグナルの意義 : 潰瘍性大腸炎患者の腸管粘膜における免疫組織学的解析によりa) 腸管粘膜に於いて、Notchシグナル活性化は陰窩内の上皮細胞に限局して観察された。b) 潰瘍性大腸炎病変部の陰窩における杯細胞の減少と一致して、同部におけるNotchシグナル活性化の誘導が観察された。2)ヒト腸管上皮細胞における活性型Notch 1の分子機能の解明 : ヒト大腸癌由来培養細胞株に於ける誘導発現系を用いてヒト腸管上皮細胞における Notch シグナル活性化が遺伝子発現制御に与える影響を網羅的に解析した。その結果、a) 杯細胞特異的遺伝子 MUC2 発現の著しい減少が誘導されると同時に、著しい粘液分泌能の低下が観察された。b) パネート細胞特異的遺伝子PLA2G2Aの発現及び蛋白分泌の亢進が誘導された。c) 上記を加えた複数の遺伝子群が腸管上皮に於けるNotch標的遺伝子の候補として同定された。3)腸管粘膜再生におけるNotchシグナル活性化の意義 : デキストラン硫酸投与による大腸炎誘導モデルマウスにNotchシグナル阻害薬を投与し、その効果を組織学的に解析した。その結果、a)同阻害薬投与により腸炎の著しい増悪と個体死亡率の上昇が確認された。b)同阻害薬は非炎症部腸管に於ける杯細胞の増加を誘導する一方、炎症部腸管に於ける細胞増殖を著しく抑制した。c)炎症性サイトカインの発現には影響を与えなかった。結果として、粘膜上皮の再生応答を著しく抑制した。これらの成果は、難治性炎症性腸疾患における粘膜再生治療を目指す上で具体的な分子標的としてNotch受容体を提示した画期的知見を提供するものである。
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