がん化学療法において副作用はほぼ必発であり、その発現を防止軽減することはがん化学療法の有用性を高める上できわめて重要である。抗がん剤の副作用による末梢神経障害(しびれ)のメカニズムには神経細胞への直接障害、神経細胞に連続した軸索(興奮の伝導を行う)の一部の障害が考えられているが、その詳細は殆ど明らかになっていない。広い適応を持つシスプラチン(CDDP)、大腸癌の標準治療レジメンであるFOLFOX(オキサリプラチン+ロイコボリン)、乳がんのパクリタキセルなど末梢神経障害が投与制限毒性となる化学療法は少なくない。また障害の回復が非可逆的となる場合もあるとされている。従って、抗がん剤投与による末梢神経障害のメカニズムを明らかにする臨床のニーズは極めて大きいといえる。申請者は、細胞増殖・細胞死に関与するスフィンゴ脂質代謝に着目し、がん細胞を用いた分子生物学的手法を駆使して、抗がん剤による末梢神経障害発現メカニズムの解明を試みた。申請者は、NGF添加により神経様細胞に分化させたPC12細胞(ラット褐色細胞腫)をシスプラチン(CDDP)処理したところ濃度依存的な突起伸長の退縮を認めた。細胞内生存シグナル、アポトーシスシグナル(カスパーゼ、AKT、p53)の変化を検討している。更に、申請者は細胞内でのスフィンゴ脂質の量的変化を正確に測定する方策として、液体クロマトグラフ・タンデム質量分析装置(LC-MS/MS)を用いた新規測定系を確立し(論文投稿中)、抗がん剤処理したがん細胞のスフィンゴ脂質の定量を行ったところセラミドとS1Pの量的比率が細胞生死の決定に重要という知見を得た。この結果を踏まえ神経成長因子(NGF)により分化させたPC12細胞にシスプラチン処理を行ったところ、細胞死に関連すると考えられるセラミドの上昇が認められ、末梢神経障害にスフィンゴ脂質代謝が関与していることが示唆された。
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