本研究ではガン治療で高い粒子線治療効果を挙げている炭素イオンビーム(以下、炭素線)を利用し、これにタンパク質の機能制御を担う薬剤(分子標的治療薬)を組み合わせることで、正常組織への障害を最小限に抑え、かつ局所制御率の向上を図るための戦略を提案することを最終目的としている。そこで、分子標的治療薬Hsp90阻害剤17-AAGと炭素線との併用で見られた放射線増感効果から炭素線増感メカニズムの基礎的知見の収得を目標とした。19年度は様々な癌細胞(頭頸部扁平上皮癌1種類、前立腺癌2種類、悪性黒色腫1種類)を用いて、17-AAGと炭素線(LET70keV/μm)併用による増感効果の有無を調べ、最も大きな増感効果が得られた前立腺癌1種類について、増感のメカニズムを調べるための実験を行った。放射線で誘発されたDNA二本鎖切断修復は炭素線単独群および17-AAG併用群で違いは見られなかったが、修復タンパクの一つであるRad51のフォーカス形成に大きな違いが見られた。また、17-AAG併用群では放射線照射後のG2チェックポイントが働かず、M期に細胞が蓄積していることが観察された。細胞死の経路に関しては炭素線単独群、17-AAG併用群ともアポトーシスは誘発されなかった。これらの結果から17-AAG併用群では細胞分裂の不能により、M期での細胞死が増加することが予測されるが、一方で間期死の顕著な増加も観察されたため、今後の詳細な実験が必要である。19年度に得られた結果から、炭素線の増感には二本鎖切断修復の際の誤修復の増加が大きく寄与していることが予測される。誤修復を増加させるような薬剤との併用は炭素線治療の局所制御率向上に有益な結果をもたらすことが示唆される。
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