研究課題/領域番号 |
19F19315
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
首藤 啓 首都大学東京, 理学研究科, 教授 (60206258)
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研究分担者 |
LI JIZHOU 首都大学東京, 理学(系)研究科(研究院), 外国人特別研究員
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研究期間 (年度) |
2019-11-08 – 2022-03-31
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キーワード | 半古典論 / 跡公式 / 量子カオス / ハミルトン系 / ホモクリニック軌道 / 安定多様体・不安定多様体 / 古典作用 / 軌道間相関 |
研究実績の概要 |
Gutzwillerの半古典跡公式は,理想カオス系の古典周期軌道と対応する量子系のエネルギー固有値との間に成立する近似式であり,カオス系の量子論の考察に欠くことのできない道具である.しかしながら,理想カオス系では,その周期軌道の数が長さに対して指数関数的に増大する性質をもつことから,Gutzwillerの半古典跡公式の古典周期軌道に対する和は絶対収束しないことが知られている.この「跡公式の収束性の困難」の問題は,1980年から90年にかけての量子カオスの中心的課題の一つであり,困難克服のためにいくつかのアイデアが提案されたものの完全な解決のないまま今日に至っている.ここでは,申請者が博士論文の中で展開してきた,理想カオス系のホモクリニック・ヘテロクリニック軌道を用いた半古典跡公式の取り扱いをさらに発展させた.特に,理想カオス系で得られる記号力学系を手がかりに,系の周期軌道(に対する古典作用)を,ホモクリニック・ヘテロクリニック軌道(に対する作用)で近似し,半古典跡公式に現れる周期軌道に対する和を,ホモクリニック・ヘテロクリニック軌道の和で置き換え,周期軌道の古典作用を位相空間の安定・不安定多様体が囲む領域の面積の問題に帰着させることに成功した.このことにより,一見,指数関数的に増大するかのように見える古典作用の情報が,実は,重複する情報を含むことがわかり,「跡公式の収束性の困難」を解決する途が拓かれる.半古典跡公式の周期軌道和には,各周期軌道の不安定性の逆数で書かれる振幅因子が付くが,ホモクリニック・ヘテロクリニック軌道による近似を用いることにより,その振幅因子についても漸近的な表式が存在することを示し,最終的に,半古典跡公式の取り扱いを周期軌道の問題からホモクリニック・ヘテロクリニック軌道の問題に帰着させることに成功した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の主たる目的は,半古典理論を用いることにより,非可積分系において見られる動的局在現象などの純量子論的効果の解析を行うことにある.そのためには多次元の理想カオス系の解析を進める必要があるが,こらまでのところは,安定・不安定多様体およびそれらの交点であるところのホモクリニック・ヘテロクリニック軌道を用いた2次元系に対する解析を完成させることに時間に費やしたため,多次元系への解析はまだそれほど進展しているわけではない.とくに,4次元系では安定多様体・不安定多様体を解析するにあたってのいくかの技術的な困難があり,それをクリアすることが当面の課題となっている.一方で,エノン写像を呼ばれるカオスを示す多項式写像を2つ結合させた結合エノン写像を導入することにより,具体的に,4 次元空間内での安定・不安定多様体の性質を調べることを開始し,既に結合エノン写像において,2自由度エノン写像には現れない,2種類の理想カオス極限が存在することを見出した.これら2種類の理想極限にある安定・不安定多様体がパラメータ空間内でいかなる分岐を経てお互いに移り合っている調べることは,当初の目的を離れても興味深い問題と思われるため,この点の研究を目下のところ進めているところである.
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今後の研究の推進方策 |
2自由度系においては,安定・不安定多様体がそれぞれ余次元1の多様体になることから,それぞれに囲まれる領域は閉領域をつくり,その閉領域の面積は半古典跡公式に現れる古典作用を与える.一方,多自由度系では,安定・不安定多様体の余次元が一般に2以上の多様体となることから4次元空間内の閉領域を囲むことがない.このことから,安定・不安定多様体やホモクリニック・ヘテロクリニック軌道を用いて古典作用を定義する方法はそのままでは多自由度の場合に拡張することはできないことになる.2自由度系と同様の議論を展開するためには,安定多様体,不安定多様体のそれぞれに対して,それらと直交する方向の何らかの自由度を付加し,余次元1の多様体を構成する必要がある.まずは,この点についての考察を進める.並行して,今年度,調べた結合エノン写像の性質をさらに詳しく調べる.特に,今年度,結合エノン写像はパラメータセットのある極限で位相馬蹄になることを明らかにしたが,さらに進んで系が一様双曲的になるための十分条件を探る.また,上述の「現在までの進捗状況」で触れた異なる位相馬蹄極限の間の関係を明らかにすることにより,まずは結合エノン写像に対する十分な理解を得ることを試みる.その上で,多次元系ならではの軌道間相関の考察に入る.量子系の動的局在は,いわゆる不規則系アンダーソン局在と同様に,系の次元性が局在を左右する.特に,位相空間が4自由度の系では局在・非局在転移が起こることが知られているが, 動的局在が古典論の軌道間相関を背景に起こっているものとすると,系の自由度が上がることによって軌道間相関の性質に違いが現れることが 予想される.このことを結合エノン写像に対して調べることを計画している.
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