本研究は、古代国家による地域支配の方法が対外関係とどのように連関しているかという点について、境界領域となる地域や人々の支配のあり方から明らかにすることを目的とするものである。古代中国の日本や新羅からの外交使節の来着地においては、公的な対応だけでなく民間のネットワークによる支援が行われたが、両者は必ずしも組織的な補完関係にあったわけではなかったことや、渡来系氏族を移配しての建郡には対外関係の影響がみられるが、背景として従来から指摘されてきた日本の小中華意識のあり方は、時期によって質的な差異があることが明らかとなった。
|