研究課題
戦争と協力。この「ヒトらしい」両極的な性質の進化的起源を、実証研究を通して明らかにするのが本研究の目的である。ヒトは集団で殺し合うこともあれば、高度な協力関係を構築することもできる。どちらもヒトの専売特許だと考えられてきた。このような性質はどのように進化したのだろうか。まず研究を始めるにあたり、協力行動を集団協力と二個体間協力に分け、チンパンジーが得意とする集団協力は外集団脅威に対抗する形で進化し、ボノボがみせる二個体間協力は自己家畜化による寛容社会で育まれたという仮説を提唱した(山本 2021; Yamamoto 2020)。この仮説を検証するため、飼育チンパンジー集団に対して知らない個体(外集団)の音声を流すプレイバック実験をおこない、外集団の脅威が内集団の結束を高めることを明らかにした(Brooks et al. 2021a)。また、チンパンジーとボノボの社会性について、オキシトシン投与がアイコンタクトに及ぼす影響を検証することによって、生理反応レベルでの種差を見出した(Brooks et al. 2021b)。ヒトとボノボの共通点として自己家畜化が挙げられているが、家畜化プロセスが社会性におよぼす影響を検証するためには、家畜化された動物での研究が欠かせない。ウマでおこなった研究からは、ウマが他者の知識状態を理解するという高度な社会的認知能力が明らかとなった(Trosch et al. 2019 )。さらに、ドローンを用いたポルトガルの野生ウマ集団の研究では、かれらの社会が重層構造を持つことを見出している(Maeda et al. 2021)。ヒトの重層社会の萌芽をウマ社会に見出した成果である。これらの成果を、査読付き英文学術論文10本、英文著書分担執筆2本(以上、研究代表者分のみ)等にまとめて発表した。
2: おおむね順調に進展している
集団性、とくに集団間競合と集団内協力をキーワードに、類人猿2種・伴侶動物2種を主対象とした統一的な比較研究を実施する研究環境を整えた。自然環境で自発的に形成される社会の研究、および飼育下での綿密な認知実験を組み合わせるという世界的にもユニークな研究である。とくに野生ボノボの研究では、1970年代からの長期調査が続く熱帯多雨林での研究(分担者の徳山奈帆子が担当)だけでなく、これまでほとんど研究がおこなわれていない乾燥林でのボノボの行動調査を軌道に乗せることができた(Onishi et al. 2020)。2019年度終盤からはコロナ禍のため海外調査はすべて停止せざるをえなくなったが、国内調査に重点をシフトさせることで、研究計画全体に大きな遅れや問題は出ていない。ステイホーム期間にはデータ分析・論文執筆を進めることで、順調に成果をあげることができている。すでに、主要動物種4種のすべてで論文を公表できていることがその証である。
引き続き、類人猿2種・伴侶動物2種を主対象に、自然環境下での観察研究と飼育下での実験研究を組み合わせて戦争と協力の進化について解明を進める。コロナ禍が落ち着きしだい、海外での調査を再開する。ただ、それにはまだしばらく時間がかかることが見込まれるので、海外の研究者との連携を強化することで、コロナ禍終息を待たずに海外調査地でのデータ収集がおこなえる新しい体制作りに取り組む。飼育下の研究では、私たちがこれまでに確立したオキシトシン経鼻投与の手法を用い、上記全4種すべてでの比較研究ができる環境を整えた。集団全個体にオキシトシンを投与して社会ネットワークの変化を調べるなど、世界でも例がない最先端の研究を推進したい。また、ウマについては、高い社会的知性とともに重層社会というヒトとの共通点が見いだされた。このような複雑な社会でみられる彼らの集団意識というものを、観察・実験を通して明らかにする。ヒトに進化的にもっとも近いチンパンジー・ボノボ、家畜化を通して同種のみならず他種であるヒトとも協力関係を築くウマやイヌを対象とし、彼らがもつ社会性および社会的認知能力を通して、「ヒトらしさ」の進化とその認知メカニズムが解明できると期待できる。
すべて 2021 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (4件) 雑誌論文 (41件) (うち国際共著 15件、 査読あり 35件、 オープンアクセス 10件) 学会発表 (10件) (うち国際学会 2件、 招待講演 10件) 図書 (4件) 備考 (2件)
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