研究課題/領域番号 |
19H00649
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
芝内 孝禎 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (00251356)
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研究分担者 |
水上 雄太 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 助教 (80734095)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 超伝導 / 電子構造 / ボーズ凝縮 / 比熱 / 磁気トルク / 鉄系超伝導 / マルチバンド / 超伝導ギャップ |
研究実績の概要 |
電子対形成による超伝導を記述したBardeen-Cooper-Schrieffer (BCS)理論を拡張して、粒子間引力を強くすることで分子化した束縛対のBose-Einstein凝縮(BEC)につながるBCS-BECクロスオーバー理論により、量子束縛状態の統一的理解に向けた枠組みが構築されつつある。本研究では、我々がクロスオーバー領域にあることを見出したFeSe系超伝導体について、熱力学的性質や磁気トルクの精密測定、およびミューオンスピン緩和による磁場侵入長測定により、マルチバンド系でのBCS-BECクロスオーバーの特徴的性質を明らかにすることを目的としている。 2020年度は、2つの大きな進展があった。1つめは、FeSeのSeサイトをSで一部置換することにより、超伝導状態がどのように変化するかについての研究である。前年度までに、置換量17%で電子ネマティック秩序が完全に消失し、超伝導転移がBEC的にふるまうことを明らかにしたが、2020年度はゼロ磁場および磁場中ミューオンスピン緩和の研究を系統的に行うことにより、この系が時間反転対称性を破った超伝導状態を示すとともに、置換量17%以上の正方晶の領域では、超伝導電子密度が常伝導状態の電子密度に比べて大きく減少していることを明らかにした。この結果は、電子ネマティック秩序消失とともに、ボゴリウボフ・フェルミ面を持つ全く新しい超伝導状態が実現することを示唆する結果である。 2つめの進展は、今まで相分離の問題により作製困難であったFeSeのSeサイトをTeで一部置換した単結晶を、化学蒸気輸送法により、50%程度の置換量まで系統的に育成することに成功したことである。これにより、Fe(Se,Te)の電子相図において、電子ネマティック秩序の消失とともに超伝導転移温度が上昇することを見出した。これは、今後の展開につながる重要な成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
まず、1つめの研究対象であるFe(Se,S)の単結晶は、高品質化が可能であると知られている化学蒸気輸送法を用いており、サイズが比較的小さいものであるため、ミューオンスピン緩和の実験のため、大量の単結晶を準備し、複数の試料を並べることにより測定を行った。その結果、以前の他の手法による単結晶でのミューオン実験と比較して、試料の純良性によりバックグラウンドの信号を大きく低減することに成功し、ゼロ磁場ミューオンスピン緩和率が超伝導転移温度以下において、増大する振る舞いの観測に成功した。この結果はFe(Se,S)系超伝導体が時間反転対称性を破る超伝導状態を持つことを示している。 さらに、磁場中実験により、他の電子状態の測定から期待される電子密度に比べ、置換量17%以上の正方晶で、ミューオン実験から得られた磁場侵入長より見積もられる超伝導電子密度は半分程度以下に減少していることを見出した。この結果は、前年度までに比熱やトンネル分光測定から得られた低エネルギー励起の増大と一致している。これらの結果は、時間反転対称性を破る場合に理論的に提唱されている、ボゴリウボフ・フェルミ面を持つ全く新しい超伝導状態を示唆しており、新奇な対形成を発見した可能性がある。 次に、2つめの対象であるFe(Se,Te)の単結晶育成の成功は、化学蒸気輸送法の条件を地道に最適化を行うことにより得られた成果であり、非磁性の電子ネマティック秩序と超伝導がどのような関係を持つのかを調べることができる数少ない物質の精密測定を可能にするものである。とくに、S置換とTe置換との比較により、電子ネマティック揺らぎが超伝導転移温度を引き上げる機構の有無や、BCS-BECクロスオーバーが置換によりどのように変化するか、などの知見を得ることが期待できる。 以上より、当初の計画以上に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度に得られたFe(Se,Te)の単結晶の系統的な物性測定を行い、およそ50%の置換量で消失する電子ネマティック秩序と超伝導の関係を明らかにする。特に、低温比熱の精密測定により、超伝導転移がどのように変化するか、また低エネルギーにおける準粒子励起がどうなるかについて系統的な測定を行う。また、Fe(Se,S)において行ってきた共同研究による走査型トンネル分光測定についてもFe(Se,Te)に拡張する。さらに、電子ネマティック秩序の性質について明らかにするために、ピエゾ素子を用いた弾性抵抗測定により、ネマティック感受率についても評価し、ネマティック揺らぎと超伝導の関係を明らかにする。 今までに得られたFe(Se,Te)の電子相図によると、超伝導転移温度はTe置換とともにいったん減少し、30%程度の置換量以上では上昇に転じる振る舞いを示している。このことは置換による散乱の単調な増加では説明できず、超伝導転移上昇の本質的なメカニズムが存在することを示唆している。そのため、この置換量前後で超伝導状態がどのように変化するかを特に着目するとともに、非常に異なる転移温度の置換量依存性を示すFe(Se,S)との比較から、考察を行う予定である。 また、Fe(Se,S)において示唆されたボゴリウボフ・フェルミ面を持つ新しい超伝導状態とBCS-BECクロスオーバーがどのように関係しているのか、ボゴリウボフ・フェルミ面の出現に電子ネマティック秩序の消失がどのように絡んでいるかなどについても、理論家と協力しながら、研究を進める。 さらに、Fe(Se,Te)の高置換領域では化学蒸気輸送法による単結晶作製は成功していないため、他の作製方法を含めた研究を展開し、全置換量における電子状態の変化を明らかにする予定である。
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