研究課題/領域番号 |
19H00817
|
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
秋山 英二 東北大学, 金属材料研究所, 教授 (70231834)
|
研究分担者 |
小山 元道 東北大学, 金属材料研究所, 准教授 (20722705)
北條 智彦 東北大学, 金属材料研究所, 助教 (50442463)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 水素脆化 / 昇温脱離分析 / 水素 / 応力 / 引張試験 / 遅れ破壊 / 水素トラップ |
研究実績の概要 |
本研究で中核となる応力下水素昇温脱離分析装置の開発を行い、その立ち上げを行なった。この装置は、水素をプレチャージした試験片に応力負荷した状態で一定の速度で昇温し、放出される水素ガスを質量分析器で測定し、水素昇温脱離曲線を求めるものである。 装置の構成は、応力負荷のための引張試験装置部と、試験片の周囲を囲む真空チャンバー、および質量分析計からなる。当初は真空チャンバー内の試験片の引張方向を水平とした引張試験部を作製する予定であったが、市販の門型の引張試験機を改造し、掴み部分を真空チャンバー中に収める形とした。試験機の容量は50 kNとし、加熱による金属試験片の膨張による応力変動を制御するために定荷重制御機構を付加した。また、試験片の昇温には試験片の平行部が選択的に加熱される通電加熱を採用した。これに伴って、試験片の温度測定に熱電対を接触させられないために、放射温度計による温度測定を取り入れた。現状では温度域により一部手動操作の必要があるものの、一定の昇温速度で加熱可能である。今後の改善点はいくつかあるが、試験可能な装置の開発に成功した。 本装置により、電気化学的に水素をプレチャージしたSUS304鋼の試験片を用い応力負荷条件下での水素昇温脱離分析を試みた。その結果、75℃付近に水素放出ピークが観察された。同様のSUS304に水素チャージし、現有の通常の水素昇温分析装置を用いて測定した結果では水素放出ピークは100℃程度に現れており、これと比較してややピークは低温側にシフトしている。これは、応力負荷に伴う格子拡張により水素の拡散が容易になったためと推察される。同じ鋼種に同じ条件で水素チャージし、応力無負荷で本装置を用いて測定した結果は残念ながら得られておらず確認の必要はあるが、この試験では応力負荷条件での水素昇温脱離分析が目的通りに可能であることが確かめられた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度に予定していた応力下水素昇温脱離分析装置の開発に成功した。 本研究課題では水素トラップ状態に及ぼす応力の影響と水素脆化の解明を目的としている。これを実現するには応力負荷条件下での昇温脱離分析が必要不可欠であり、そのための装置の開発が大きな鍵である。 この装置の開発にあたっては、いくつかの課題があった。一つは安定な定荷重負荷(温度を一定速度で上げるため、試験片の膨張によって荷重が変動しないようにしなければならないことである。これはこの機構を有する門型の引張試験機を導入することにより解決した。また、試験片の平行部を選択的に加熱し、ジグやチャンバー内の加熱により放出される水素の外乱を防ぐという課題も挙げられた。これはスポットのランプ加熱も検討したが、チャンバー内の取り回しの都合もあり通電加熱を採用し、目的の昇温速度での加熱を達成した。これに伴い、試験片温度の測定に放射温度計を用い、求めた温度をフィードバックさせて加熱温度を制御した。通電加熱と放射温度計を用いた昇温脱離分析はこれまでに報告の無い初の試みであるが、測定が可能であることを確認した。また、複雑な構成となるため、試料から放出される水素とバックグラウンドとのS/N比を十分大きくすることも課題であったが、SUS304を用いた実験では、放出された水素分圧に比べ、バックグラウンドは十分低かった。これらの課題はクリアされ、実際に応力下での水素昇温脱離分析に成功した。 予定通りではあるが、実際に装置を作ってみると問題が出るなどリスクも想定されたため、初年度に導入までこぎつけ中核となる目標が達成したことから順調と判断する。定常的に測定に用いるためにはいくつかの改善点がある。また、装置の進捗が順調でない場合を想定し、並行して行う予定としていた応力負荷試験片を用いた水素可視化は進んでいないことから、おおむね順調に進展していると判断した。
|
今後の研究の推進方策 |
前述のように、中核となる応力下水素昇温脱離分析装置の開発に成功した。核となる応力下水素昇温脱離分析の第1段階はクリアされたと考える。今後の研究については、まずは本開発装置を定常的に用いられるようにし、次にこれを用いた測定を進め水素トラップ状態に及ぼす応力負荷の効果を明らかにする。 定常的に測定を可能とするためには、いくつかの改善点が挙げられる。まず、昇温速度の調整機構の完全自動化がある。現状では通電加熱のコントローラと放射温度計を組み合わせ、一定の昇温速度での加熱に成功しているが、温度領域によって手動で切り替えなければならない。これについては、コロナウイルスの対策で実験室に入れない時期にも依存するが、優先的に解決する。次に引張試験片を取り付けるジグの改良および測定温度の校正を行う。温度については、放射温度計で測定しているが、同じチャンバーに備えた質量分析器のアナライザー上のフィラメントからの光が測定温度に影響することが分かっている。熱電対による測定を行い、測定温度の校正をするとともに、フィラメントからの光の外乱を抑えるように遮蔽等を導入する。以上は装置の技術的課題であるが、これをクリアした後に研究用の分析を進める。 研究用の分析としてはまず、水素チャージしたSUS304の試験片の応力負荷条件での測定を再度行うとともに、応力無負荷でのブランク測定の結果と比較を行い、水素放出ピークの差異を明らかにする。さらに、応力水準を変化させ、応力の効果を明らかにする。次に対象をマルテンサイト鋼とし、本装置を用いた分析が可能であるかを確認する。FCC鉄中の水素に比べてBCC鉄中では拡散が早く、試験前の排気時間中にも水素が逃散すると考えられるため、まずBCC材料でも有意な測定が出来るかを確認する。次に応力水準を変化させた場合の水素放出曲線の変化についてマルテンサイト鋼を対象として試みる。
|