研究課題/領域番号 |
19H00852
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
谷口 正輝 大阪大学, 産業科学研究所, 教授 (40362628)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 1分子化学反応 / 1分子科学 / 1分子解析法 / 機械学習 / マルチフィジックス |
研究実績の概要 |
N2-ethyl-2’-dG(N2-Et-dG)は、グアニン(dG)がアセトアルデヒドと反応し、その後、還元されることで生成され、食道がんの発生と関係が指摘されている環境物質として知られている。反応物であるdGと生成物であるN2-Et-dGを対象にして、トンネル電流による1分子電気伝導度の計測を行い、得られるトンネル電流―時間波形データを機械学習した。各分子の計測から得られる波形データは、1分子に由来する波形とノイズ波形から構成される。ノイズ波形のみを含む溶媒の計測と学習を行い、Positive Unlabeled(PU)法を用いて、計測データからノイズ成分を除去した。これら2分子の1つのトンネル電流―時間波形を用いた識別精度をF値で見積もったところ、平均で77%であった。この精度は、20個以上のトンネル電流―時間波形を用いると99%の精度で識別できることを示している。実際の化学反応の収率は100%ではないため、N2-Et-dGとdGの混合物が反応後に得られると期待される。そこで、N2-Et-dG:dG=3:1、1:3の混合溶液の1分子電気伝導度計測とトンネル電流ー時間波形の機械学習を行い、どちらの分子種に分類されるかを検討した。3:1混合溶液は70%の割合でN2-Et-dGに分類され、1:3混合溶液は80%の割合でdGに分類された。さらに、ナノギャップ電極間に、反応物を効果的に輸送する手法として、ナノギャップ電極、ナノ流路、および電気泳動電極を融合したナノ構造を開発した。色素標識したナノ粒子とλDNAを用いて、電気泳動による流動ダイナミクスを顕微鏡観察で調べたところ、約50μm/sから300μm/sの速度で流動することが明らかとなった。さらに、電気泳動の電界強度を増加させることで、1分子検出頻度が上昇するものの、検出頻度は印加電圧1.2Vで飽和することを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1分子電気伝導度の計測により、化学反応における反応物と生成物を検出するためには、個々の1分子種を高精度に識別できることが必須となる。また、化学反応により生成される分子種は、生成物以外の分子種もあるため、夾雑物中における目的分子の検出・識別も必須となる。これまでの研究により、ノイズ波形を含む計測データから、分子種に特有の波形を抽出するPositive Unlabeled(PU)法を開発・実装し、夾雑物中の1分子種を高精度に識別できる手法は実証できた。PU法を用いたトンネル電流―時間波形の機械学習により、最高占有軌道(HOMO)の位相パターンは同じものの、HOMOのエネルギー差が0.1eVの分子種を77%の精度で識別できることに成功した。従って、化学反応における生成物と反応物を高精度に識別する手法は実証できた。一方で、ナノ電極間で化学反応を有限時間で観察するためには、電極間に効果的に反応物を輸送することが必須となり、化学反応が立体選択性を持つことを考慮すると、特定の方向から反応物を衝突させる必要がある。反応物の輸送法の1つとして、ナノギャップ電極、ナノ流路、および電気泳動電極が融合したナノ構造を開発し、電気泳動により、分子をナノギャップ間に輸送でき、電気泳動電圧によりナノギャップ電極間に到達する分子数を制御できることを明らかにした。電気泳動存在下、1分子電気伝導度計測を行い、トンネル電流―時間波形を得ることに成功したが、電気泳動により生じるイオン電流が、トンネル電流に与える影響を解明する必要がある。原理的に異なるこれら2種の電流は相互作用しないが、電気回路として考えると干渉する可能性があり、今後の研究で解明する。このような干渉効果を考えると、トンネル電流のみを解析できる量子演算による1分子電気伝導度解析法の開発は重要になると予測される。
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今後の研究の推進方策 |
ナノギャップ電極、ナノ流路、および電気泳動電極を融合させたナノ構造を用いて、反応物をナノギャップ電極間に効率的に輸送する学理を構築し、制御技術へと発展させる。電気泳動力に加え、電気浸透流、温度勾配、イオン濃度勾配、圧力勾配、および液液界面等を用いて、ナノ空間内を分子輸送する流動ダイナミクスを実験的に明らかにする。さらに、電磁気、流体、およびイオン輸送が融合したマルチフィジックスシミュレーションを用いて、実験結果の解釈を行い、1分子流動ダイナミクスの学理を構築する。一方、分子輸送の駆動力は電流ノイズの原因となるため、トンネル電流だけを抽出する解析法として、1分子電気伝導度を量子ゲートで記述する手法を開発する。既に、グアニン分子の1分子電気伝導度を量子ゲートで記述することで、トンネル電流成分のみを抽出し、量子コンピュータで計算することに成功している。本手法を、昨年度、反応物と生成物の1分子識別に成功したグアニンとアセトアルデヒドの化学反応に適用し、量子ゲート法による解析を実証する。その後、分子輸送の駆動力存在下、得られる電流―時間波形の解析を量子ゲート法により行い、トンネル電流―時間波形の抽出後、波形の機械学習による1分子識別を実証する。駆動力に対する1分子識別精度の依存性を明らかにし、高い識別精度が得られる駆動力の最適化を行う。同時に、開発・実装したPositive Unlabeled(PU)法を用いて、駆動力が印加された溶媒のノイズ波形の機械学習を行い、トンネル電流―時間波形のみの抽出を行う。量子ゲート法と同様に、1分子識別精度の駆動力依存性を明らかにするとともに、高い識別精度が得られる駆動力の最適化を行う。量子ゲート法、あるいはPU法の一方のみで高い識別精度が得られない場合は、これら2つの手法を組みわせ、高い識別精度を達成する。
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