研究課題/領域番号 |
19H00907
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
伊藤 耕三 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (00232439)
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研究分担者 |
眞弓 皓一 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 特任講師 (30733513)
横山 英明 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 准教授 (80358316)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 自己組織化 / ナノシート / ロタキサン / 付着性 |
研究実績の概要 |
当研究室では2019年に、シクロデキストリン(CyD)とトリブロックコポリマーを室温の水中で混合することによって、単層剥離したナノシート材料である擬ポリロタキサンナノシート(PPRNS)を作成することに成功した。2020年度は、ポリエチレングリコール-ポリプロピレングリコール-ポリエチレングリコール(PEO-PPO-PEO)トリブロックコポリマーのPEO及びPPOの鎖長を系統的に変化させてPPRNSの形成を開始し、得られた高次構造体との関係を調べた。環状分子として使用したβ-シクロデキストリン(β-CD)は、PPOを包接するがPEOを包接しないことが知られている。そのためCyDとPEO-PPO-PEOを水中で混合するだけでナノシート構造体すなわちPPRNSが形成されるが、通常PPRNSは積層し、β-CD結晶層とむき出しのPEO鎖層から成るラメラ構造となる。PPRNSを構成する軸分子のPEO鎖長を系統的に変化させたところ、ラメラ構造の恒等周期長がPEO鎖のモノマーユニット数と線形の関係にあることが見出された。このことはPEO鎖が水中でブラシ形態をとっていることを示唆している。さらにPPRNSのドラッグデリバリーシステム(DDS)への応用を目指して、化学構造がわずかに異なるキサンテン系色素化合物をPPRNS分散液に加えて吸着させ、化学構造と吸着量の相関を調べた。その結果、色素にメチル基が存在するときはPPRNSに有意に吸着し、一方で色素にメチル基が存在しない場合はPPRNSに吸着しなかった。PPRNSは分子吸着が可能であるだけでなく、分子認識性を有していることが明らかになり、DDSだけでなくセンサー材料などへの応用も可能であることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
PPRNSは自己組織から形成されるため、構成分子の構造や組成を変えることにより高次構造を制御することができると期待して、軸高分子の組成を変化させて高次構造の変化を調べた。予想通り、得られるPPRNSのβ-CD結晶層の構造も変化したが、PEO鎖層の高さがPEOモノマーユニット数の線形の関係にあるという予想外の結果も同時に得られた。de Gennes’のブロッブ理論によれば、これはPEO鎖がブラシ形態をとっていると解釈できる。これは、PPRNSを利用した新たなポリマーブラシ作成手法を意味しており、コーティング材料への応用などが期待できる。 さらにPPRNSへの低分子化合物の吸着実験において、当初は担持量の差異を測定する予定であったが、色素化合物のメチル基の有無によって吸着量が劇的に異なることが見出された。これも予想外の結果であり、研究前はDDSとしての応用のみを考えていたが、分子センサーとしての応用展開も新たに視野に入れることができるようになった。 以上のことから、本年度の研究成果により新たな研究の展開が得られたという点で、当初の計画以上に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今期は主に、PPRNSの構造形成の基礎ならびに応用を見据えた基礎物性について研究した。今後も同様にこれらの研究を深めていく予定である。例えば、構造形成の基礎を理解するために、今年度は軸分子構造とPPRNSの軸分子方向の構造(すなわち厚さ)を調べて明らかにしたが、一方で面内方向の構造の制御はいまだ成功していない。これはPPRNSの面内方向のサイズが定まる分子的機構が理解できていないためである。PPRNSの面内方向のサイズは1μm程度となっていて、分子のサイズ(数nmから十数nm)からするとはるかに大きいので、環状分子や軸分子の構造ではなく、結晶核形成・成長すなわち結晶工学の観点から理解できると予想しており、今後の研究の中で明らかにする予定である。また、分解機構の解明についても2021年度に取り組む予定である。PPRNSの分解速度やその機構の理解および制御は、ドラッグデリバリーシステム材料として利用することを想定した場合に重要な性質である。 また2020年度の研究で、PPRNSを構成するPEO鎖がポリマーブラシ形態をとっていることが示唆された。2021年度は、中性子反射率を用いた直接的な構造解析によってPEO鎖の形態を明らかにする予定である。さらに、ポリマーブラシ層を確認するだけでなく、潤滑性や防汚性などの物性測定も行い、PPRNSのポリマーブラシコーティング剤として応用可能性を検証する予定である。 PPRNSは生体適合性の化合物から成り、合成の過程において一切の毒性物質を含まない。従来のナノシートは無機化合物から構成される場合が多いが、常に無機ナノ粒子の混入が懸念されるため、生体材料としての応用に困難がある。そのためPPRNSは従来のナノシートでは応用が難しい生体材料領域への展開が期待される。
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