研究課題/領域番号 |
19H00923
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
岩田 想 京都大学, 医学研究科, 教授 (60452330)
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研究分担者 |
野村 紀通 京都大学, 医学研究科, 准教授 (10314246)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 膜タンパク質 / 創薬ターゲット / 中分子ペプチド / クライオ電子顕微鏡単粒子解析 / ウイルス感染受容体 / 抗ウイルス薬 |
研究実績の概要 |
がん、神経疾患、感染症など種々の疾病に対する医薬品の分子標的の多くは多数回膜貫通型の内在性膜タンパク質であり、現在の構造生物学の技術水準に照らせばその精密立体構造決定は難度が高い。それが律速となり構造ベースの創薬研究の進展は限定的である。本研究ではわれわれがこれまでに開発した独自の膜タンパク質構造解析技術を活用して、ヒト創薬ターゲット膜タンパク質に対する中分子医薬品候補化合物の作用機序を構造学的に検証することを目指している。本年度はB型肝炎ウイルス (HBV) の侵入阻害剤開発に向けて、感染受容体NTCPの構造を解明し、医薬候補リガンドである中分子リポペプチドとの相互作用に重要なドメインやアミノ酸残基を立体構造上でマッピングすることに成功した。 NTCPは胆汁酸の腸肝循環を担う肝細胞基底膜のトランスポーターとして1990年代に発見された9回膜貫通タンパク質である。HBVはエンベロープタンパク質LHBsのN末端部分であるpreS1領域を介して宿主細胞膜上のNTCPと相互作用することで、細胞表面に高親和性の結合をする。本年度の研究において、クライオ電子顕微鏡解析によりヒトNTCP単体の構造を分解能3.4オングストロームで決定した。NTCPの輸送基質であるタウロコール酸が結合する中央部のキャビティーの存在が明らかになった。NTCP変異体機能解析やpreS1存在下でのNTCPのクライオ電子顕微鏡単粒子解析の結果から、このキャビティーの細胞外側開口部がpreS1結合にも関与する可能性が強く示唆された。またNTCP―preS1相互作用では、preS1のN末端脂質修飾(N-ミリストイル化)が必要であり、N末端側48残基が受容体との結合に重要であることを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
全世界でB型肝炎ウイルス (HBV) キャリアは約2.9億人、HBV感染を原因とした肝硬変・肝細胞がんの発症による死亡数は年間90万人と推定されている。死亡数は依然として増加傾向であり、2021年WHO勧告の「肝炎ウイルス撲滅に向けた目標設定」にも見られるように、母子感染・水平感染の抑制が公衆衛生上の急務の課題である。病原体としての発見から半世紀以上も経っているにもかかわらず、HBVがどのように宿主細胞に侵入するのかについての理解は未だ十分ではない。こうした背景の中、感染受容体であるヒト膜タンパク質NTCPの単体の立体構造を世界で初めて解明した。その成果は2編の論文としてNature誌に掲載された (Asami et al., Nature, 2022; Park et al., Nature, 2022)。また、NTCPを結合標的としてHBV感染阻害活性を有する中分子リポペプチド(ミリストイル化preS1)の結合様式をクライオ電子顕微鏡単粒子解析法により明らかにするための実験に進んでいるので、本年度の目標は概ね達成できていると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
preS1の脂質修飾やペプチド部分がNTCPのどの残基とどのように相互作用するのかを検証するためにNTCP―preS1複合体をクライオ電子顕微鏡単粒子解析により高分解能で可視化する。N末端を脂質修飾(N-ミリストイル化)した48残基からなるpreS1ペプチドを合成する。さらに、電子顕微鏡単粒子画像のアライメント(位置合わせ)を正確かつ効率よく進めるためのマーカーとして、NTCP―preS1複合体の立体構造を認識して結合する抗体Fabフラグメントを新規に作製する。NTCP―preS1―Fabの三者複合体の精製試料をクライオ電子顕微鏡単粒子解析に供し、分解能3~3.5Åで構造決定する。 HBV侵入阻害薬の開発において考慮すべき点は、NTCPは胆汁酸トランスポーターでもある点である。NTCPの胆汁酸輸送活性を阻害せずにウイルス吸着のみを特異的に阻害するシクロスポリン誘導体や特殊環状ペプチドが国立感染症研究所・渡士幸一博士らによって報告されており、副作用の少ない優れた抗HBV薬候補になると期待されている。これらがNTCPとどのように相互作用するのかをクライオ電子顕微鏡単粒子解析により解明し、上記のNTCP―preS1複合体構造情報と重ね合わせることによって、HBV侵入阻害剤としての合理性を実証する。HBV侵入を阻害可能かつ副作用の小さいリガンド化合物群に共通するファーマコフォア、結合様式を明らかにする。
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