研究実績の概要 |
本年度は、核酸トポロジーの物理化学的特性の定量的な予測に重要となる、最近接塩基対モデルに基づいたエネルギーデータベースの構築を行った。その成果として、DNA/DNA、およびRNA/DNAの熱安定性に関するクラウディング環境におけるエネルギーデータベースを構築した。このデータベースは核酸化学分野における基礎的な知見になると共に、核酸が関与する生体反応(例えば、ゲノム編集の反応など)の効率を予測するうえでも重要な知見となる。そのため、化学だけでなく、生物学や物理学などの研究者にも著名な学術雑誌で、構築したデータベースを公表した(Proc. Nat. Acad. Sci. U. S. A., 117, 14194 (2020)、Nucleic Acids Res., 48, 12042 (2020))。 核酸トポロジーによる遺伝子発現への影響を「見る」研究の一端として、RNAのグアニン四重らせん構造による相分離状構造体の形成過程を解析した。その結果、クラウディング環境における誘電率の低下が、相分離状構造体の形成速度を加速させることを明らかにした(Biochemistry, 59, 1972 (2020))。また、グアニン四重らせん構造のトポロジーを見分けることができるプローブ分子として、チオフラビンTの誘導体を複数種類合成してその分子認識特性を評価した(Molecules, 25, 4936 (2020))。さらに、クラウディング環境においては、DNAポリメラーゼやRNAポリメラーゼといった遺伝子発現過程での重要な反応を担う酵素の基質認識に対して、Watson-Crick型の水素結合よりも塩基間のスタッキング相互作用の方が多大な影響を及ぼすことを明らかにした(RSC Adv., 10, 33052 (2020)、Molecules, 25, 4120 (2020))。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、新型コロナウイルスの影響により実験を要する研究(特に、細胞レベルでの遺伝子発現を解析する研究)で停滞が生じたものの、これまでに得られているデータをまとめ、核酸トポロジーの熱安定性予測を可能にするデータベースを構築して公表するに至った。また、関連する研究成果をとりまとめ、総説を発表することも行った(Chem. Soc. Rev., 49, 8439 (2020)、Top. Curr. Chem., 379, 17 (2021))。さらに、今後の研究課題として挙げられる、核酸トポロジーの化学的制御に基礎的知見を「活かす」研究にも着手し、有機小分子で修飾した核酸分子を合理的に設計することで、その熱安定性を制御することにも成功した(Nucleic Acids Res., 48, 3975 (2020))。細胞レベルでの実験系を用いて核酸トポロジーを解析し、遺伝子発現への影響と相関させる研究が今後の課題として残ってはいるものの、上記理由によりおおむね順調に研究が進展していると判断できる。
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