研究実績の概要 |
動物に刺激を与えると、しばしば個体や試行ごとに異なる応答行動が出力される。たとえ同一の刺激であっても多様な応答を出力することで、動物は変動する環境下でも柔軟に行動を選択することができる。本研究では、コンパクトな神経系を持つ線虫C. elegansを対象に、感覚ニューロンが受け取った情報が多様な行動に変換されるまでのプロセスを解明することを目的とした。線虫の神経系はわずか302個の個体差のないニューロンからなり、ニューロン間の化学・電気シナプスの接続が電子顕微鏡による観察から明らかにされているため、神経情報処理プロセスを網羅的に理解することができる。本研究期間では、感覚ニューロンの活動を光によって操作し、それによって誘導される神経系のカルシウム応答と個体の行動解析を行うための予備的実験を行った。
まず、青色光で活性化されるカチオンチャネル(CoChR)、および緑色光で励起される赤色カルシウムインディケータ(R-CaMP2)を温度感覚ニューロンAFDに特異的に発現させた系統を作成し、この系統においてAFDが青色光の照射で活性化されるかどうかを検査した。その結果、青色光(470 nm, 70 μW/mm2) を照射したすべての個体のAFDにおいて、コントロール群に比べて明らかなカルシウムシグナルの上昇が認められた。さらに、青色光によるAFDの活性化がどのような行動を誘導するかを調べるため、同一の系統に青色光を照射しながら応答行動のパターンを観察した。その結果、青色光の照射によって、「前方への加速」、「後退」、「後退後の方向転換」、「停止」などの多様な応答が出力されることが分かった。今後は、自由に行動する線虫を自動で追尾しながら、光照射・カルシウムイメージング・行動計測を同時に実現する顕微鏡システムの開発に取り組むほか、数理的な時系列解析プラットフォームを確立する予定である。
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