本研究では、細胞内分子の蛍光単分子可視化手法を用い、細胞の力覚応答と力の伝播のメカニズムの解明を目指した。力学的にゆさぶりをかけた細胞内で、アクチン系・細胞接着系分子を一分子可視化する実験系を構築した。外部からの牽引力を加えると、細胞先導端のラメリポディア先端のアクチン重合頻度が上昇することを見出した。牽引力と重合頻度上昇の関係は、古くからアクチン重合がモータ-として働く理論であるブラウンラチェット仮説の予測とよく一致していた。以上、細胞先導端に接するアクチン重合端そのものが力覚センサーとして働き、牽引力や基質の硬さに応答して細胞が伸展・遊走方向を決定する機構を解明した。上記に加え、葉状仮足内に形成された接着斑周囲のアクチン線維の配向性や接着分子の動態について、ナノメータースケールの分子トラッキングを施行し力学的制御を示唆する知見が得られている(投稿中)。加えて、細胞先導端で新たに重合した「新鮮なアクチン線維の約15%が0.5秒以内に脱重合する、「動的不安定様」のアクチン反矢じり端の動態を見出した(投稿中)。上記の力学センサーとの関連についてさらに調査中である。また、細胞・個体の微細構造を可視化する独自の多重超解像顕微鏡IRISについて、その可視化用蛍光ブローブの迅速作製法を複数樹立した(一部投稿中)。 関連して、接着依存性細胞増殖シグナルに関与が知られるチロシンキナーゼSrcが、悪性疾患の治療薬として用いられる複数のキナーゼ阻害薬によって、接着斑に移動し基質であるFAKと結合することを見出し報告した。重要なことに、SRC遺伝子に薬剤抵抗性変異があると阻害薬が早期解離し、FAKのリン酸化、Grb2のリクルートメントおよびErkの活性化が起きることを報告した。分子標的薬が場合によっては標的を活性化し、がん細胞の増殖を逆に促進する作用をもつことを示唆する重要な所見である。
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