研究課題/領域番号 |
19H01231
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研究機関 | 実践女子大学 |
研究代表者 |
日比谷 孟俊 実践女子大学, 研究推進機構, 研究員 (60347276)
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研究分担者 |
長谷川 慎 静岡大学, 教育学部, 教授 (00466971)
大和 あすか 東京藝術大学, 大学院美術研究科, 助手 (30823752)
津田 眞弓 慶應義塾大学, 経済学部(日吉), 教授 (40390588)
佐藤 悟 実践女子大学, 文学部, 教授 (50178729)
木村 一 東洋大学, 文学部, 教授 (90318303)
伊藤 信博 椙山女学園大学, 国際コミュニケーション学部, 教授 (90345843)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ちりめん絵 / 工芸品 / パリ万博 / 数学モデル / コメ澱粉粒 / 偏光 / 複屈折 / 消光十字 |
研究実績の概要 |
安政大地震直後(1858年頃)に作成された5枚続きの遊女絵が,工芸品的な精緻さを持つ「ちりめん絵」に加工されているのを,2020年に発見した.2021年度に3回にわたって研究集会を開催,さらに,ちりめん絵と技術的に共通性のある擬革紙制作工房を見学し,ちりめん絵の作成法に関して考察を重ねた.ちりめん絵を大別すると,(1) 幕末にパリ万博に出品されたような精緻なもの,(2) 明治に入り既存の板木を転用し,色数を少なくして摺られた絵を「ちりめん絵」に加工した質の落ちるもの,ならびに,(3) 新たに絵を描き,これを「ちりめん絵」にして輸出用にしたものの3種類に分けられることが明らかとなった.精緻なちりめん絵は,元絵を8回にわたり徐々に縮小して作成している. ちりめん絵の作成プロセスは,座標返還の組み合わによる数学的モデルで説明できることが可能であることが明らかになった.すなわち,x および y 軸方向へのα倍縮小,角度θの回転,x 軸および y 軸回りの回転である. 平安時代から,パトロンが関与するような紙の利用にあっては,表面を平滑にし筆の運びや印刷の仕上がりを良くするためにコメ澱粉粒の添加が,紙漉きの際に行われてきた.版本や浮世絵に加工された紙において,コメの存在を確認することは,従来は顕微鏡によって行われてきたが,識別には習熟を伴う.コメ澱粉粒子が結晶構造として球晶であり複屈折を示すことに注目し,透過偏光のみならず反射偏光においても消光十字を示すであろうとの仮説のもと,コメ澱粉粒の存在を確認する新しい技術の開発を試みている. 明治10年における,足立の在村武士(郷士)によるパトロネージュとしての,日本で最初の和独辞書『和獨對譯字林』の刊行の経緯として,校訂者の選出の状況や売り捌きに関する過程が,研究協力者である足立区立郷土博物館多田学芸員により明らかになった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度末に新型コロナウイルス感染症が爆発的に広がり,総じて分担者による研究は捗々しくなかった.2020年度に遊女絵を「ちりめん絵」にしたものが偶然発見され,2021年度は「ちりめん絵」の作成工程の解明とパトロンとの関係を踏まえつつ,研究を進めた.ちりめん絵の世界最大のコレクター川上ならびに浮世絵研究家である名古屋学院大山本の協力を得て,東京芸大大和助手が色材分析を担当した.ディジタル顕微鏡による皴(しぼ)列の精密観察,研究会における擬革紙工房関係者の実演の観察から,板木の調整や圧縮方法など,ちりめん絵の作成における各工程のもつ意味が解明された.さらに,作成工程を数学モデルで説明できることが明らかとなり,ちりめん絵について研究は大きく進展した. コメ澱粉粒を和紙の充填剤に用いることに関する研究では,コメ澱粉粒の結晶構造や,偏光観察法に関して先行研究における情報が必要であったが,2021年後半より大学図書館の利用規制がかなり緩和され,コメ澱粉の複屈折現象に関する情報の入手が可能となった.この結果,コメ澱粉粒を,これまでにない新しい技術で検出することが実現できた.本技術開発により,浮世絵や版本に用いられている紙におけるコメ澱粉の利用量を,定量的に求めることが可能になりつつある. 江戸東郊の在村武士(郷士)により,これまで明確にされていなかった,日本で最初の和独辞書『和獨對譯字林』の出版における背景が,足立区立郷土博物館多田および東洋大学木村の協力により,かなり明らかにすることが可能となった. 静岡大長谷川により,江戸後期の遊女絵等に描かれた「箏」の分析がなされ,実践女子大佐藤は,文政期における江戸の朝顔ブームにおける,パトロネージュの存在を解明した. 実践女子大において,蛍光エックス線分析装置の利用が可能となり,パトロネージュ研究の大きな進捗が期待できる.
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今後の研究の推進方策 |
研究分担者に名古屋学院大学の山本親教授を迎え,幕末の工芸品的なちりめん絵を中心に,その作成法について論文に纏める.元になった絵とちりめん絵において,色材の比較,皴(しぼ)列間隔の顕微鏡観察,数学モデルによるちりめん絵作成工程の説明を中心に纏める.投稿先としては,Journal of the American Institute for Conservation を考える. 浮世絵や版本に充填材として用いられているコメ澱粉粒を,複屈折効果を利用して検出する技術開発について殆ど完成しているので,英語論文にする.投稿先は米国 AIP が出版している Review of Scientific Instruments を計画している.日本の大学の世界的評価が低いのは,文系学部からの英論文発表数が極めて低いことによる.文理融合の研究の機会に,日本の文化を扱った研究成果を英語論文にしておきたい. 江戸吉原の文化活動の特徴として,吉原で活動していた河東節や一中節,長唄,常磐津節,清元節などの男芸者に対する,大名や,武家,豪商などにおける支援(パトロネージュ)を挙げることができる.国立劇場調査要請部が編集し,2021年度に完成した『御屋舗番控』第一部~第四部および別冊をもとに,大名,武家,豪商などによる,吉原男芸者の芸能活動の支援について明らかにする. 江戸東郊の在村武士(郷士)によって,明治10年(1877)に日本最初の和独辞典『和獨對譯字林』が出版された.この出版の背景として,ヘボンやその回りの女性宣教師の活動について,東洋大学木村一教授および足立区立郷土博物館多田文夫学芸員と協力して研究を進める. 江戸の合巻には,コンテンツが同じであってもパトロンが関与する上製本と普及本では摺の出来栄えが異なり,コメ澱粉粒の量に違いがあると予想される.偏光顕微鏡による観察から,この問題に答を出す.
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