研究課題/領域番号 |
19H01251
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
川島 隆 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10456808)
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研究分担者 |
伊藤 白 学習院大学, 文学部, 准教授 (50761574)
山村 高淑 北海道大学, 観光学高等研究センター, 教授 (60351376)
大喜 祐太 三重大学, 人文学部, 准教授 (60804151)
葉柳 和則 長崎大学, 多文化社会学部, 教授 (70332856)
中島 亜紀 (西岡亜紀) 立命館大学, 文学部, 教授 (70456276)
西尾 宇広 慶應義塾大学, 商学部(日吉), 准教授 (70781962)
新本 史斉 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (80262088)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 「ハイジ」 / 「アルプスの少女」 / スイス像 / メディアミックス / コンテンツ・ツーリズム / 翻訳 / 民衆文化 / 対抗公共圏 |
研究実績の概要 |
当初の計画通り、(A)「民衆文化」と「対抗公共圏」の概念、(B)スイスの国民神話としての「ハイジ」像、(C)領域横断的な『ハイジ』の《翻訳》過程という三つの柱の研究が順調に進捗している(各メンバーの研究業績を参照のこと)。なお2019年の7月から10月にかけて、チューリヒのスイス国立博物館で開催された「ハイジ展」にあたっては、企画段階から全面的に協力し、展覧会を成功に導いた。この展覧会では、日本のテレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』(1974)が中心に置かれた。今回、スイス国立博物館がこの企画展に踏み切ったことは、スイスの「国民神話」と呼ばれる『ハイジ』の図像学的イメージのかなりの部分を日本製アニメが支配している現状の認知が進んでいる事情を窺わせる。その意味でこの企画は、アニメと原作の相互作用から生まれた東西文化の対話を象徴する事例であった。この展覧会に合わせ、『アルプスの少女ハイジ』のキャラクターデザイン・作画監督を務めた小田部羊一氏およびプロデューサーを務めた中島順三氏を特別ゲストとして招聘して国際シンポジウム(8月29日~31日)が開催された。日本側からは、研究代表者の川島隆、研究分担者の大喜祐太、西岡亜紀、山村高淑、研究協力者の千葉香織が登壇して報告を行った。このシンポジウムでは、今日の社会における原作のアクチュアリティや世界各国における受容の差異、アニメ化が「ハイジ」のイメージをどう変容させ、アニメの各言語の吹替版の製作に際してどのような改変が行われたかの問題、ツーリズム(観光)の資源としての「ハイジ」の役割に至るまで幅広いテーマが扱われ、活発な討論が展開された。各国の研究者が情報を持ち寄り、共有することで、今後なされるべき国際的な研究の基盤が構築された。特に、各国において政治・社会・宗教など多様な要素によって「ハイジ」受容の差異が生じている状況が明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
各メンバーの個別研究が順調に進捗していることに加え、2019年8月の国際シンポジウムは予想を超える成功を収め、重要な知見が蓄積されつつある。このシンポジウムおよび展覧会は各種メディアにも大きく取り上げられ、そのことが契機で新たな「ハイジ展」が国内外で複数企画され、幅広い社会的反響を呼んでもいる。 ただし、このシンポジウムおよび展覧会は、東西文化交流の困難をも浮き彫りにした。準備段階において、スイス側と日本側の意見の相違や対立がしばしば生じたからである。特に、日本のアニメ作品を取り上げたこの企画展において、スイス国立博物館が「日本」性を表現するために(朱塗りの太鼓橋や提灯などの)陳腐なステレオタイプ的要素を用いたことは、日本文化固有の文脈を無視した「文化の盗用」の疑いが濃い。それ以外にも、展覧会の図録に寄せられた関係者の挨拶文や各種メディアの紹介記事には、ポップカルチャーの産物であり、とりわけ日本の女性が愛好するものとしての『アルプスの少女ハイジ』に対する蔑視とパターナリズム(いわゆる「上から目線」の傲慢な態度)が随所に見られた。そこには、西洋と東洋、男性と女性、ハイカルチャーとサブカルチャーの権力格差の問題が露呈している。 とはいえ、そもそもアニメ作品『アルプスの少女ハイジ』からして、スイスという国の「スイス」性を表現するために(白い雪を戴いたアルプスの山の峰やチーズなどの)ステレオタイプ的要素を総動員していたことを鑑みれば、「文化の盗用」や偏ったイメージの押しつけは一方向的にのみ起こるものではなく、洋の東西で双方向的に複雑な経路で起こりうることが分かる。その意味で、今回のシンポジウムおよび展覧会において東西の摩擦が表面化したことは、本研究課題にとってマイナスではなく、むしろ問題の本質のありかを浮かび上がらせ、研究の視座を有益な方向に拡大させたものと考えることができる。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き(A)「民衆文化」と「対抗公共圏」の概念、(B)スイスの国民神話としての「ハイジ」像、(C)領域横断的な『ハイジ』の《翻訳》過程を三本柱として研究を進める。上述のように、スイス国立博物館での「ハイジ展」を通じて得られた東西の文化摩擦の体験は、サイードの『オリエンタリズム』(1978)やスピヴァクの『サバルタンは語ることができるか』(1988)で提示されたような、異文化理解の問題に常につきまとうネイションやジェンダーの権力格差に目を向けることの重要性を再認識させた。そこには、他者をステレオタイプで捉えることの暴力性の是非とともに、そもそも他者の文化をステレオタイプの助けなしに理解できるのかが問われている。この認識に立脚しつつ、『ハイジ』の国際的な受容において他者のステレオタイプが果たした役割を考察していく。 上述の2019年8月の国際シンポジウムでは、さまざまな国と地域の『ハイジ』受容のうち、とりわけアジアにおける状況を精査することの必要性が浮かび上がった。従来の研究においては、あまりにも日本と欧米(特に英・独・仏語圏)の状況に視座が偏っていたからである。もちろん「アジア」は一様ではなく、政治・社会・宗教などの前提条件が大きく異なる国と地域を包括している。さしあたり、ヨーロッパにおける受容との連続性と差異という観点からトルコやイランの状況を、そして日本における受容との親和性と差異という観点から韓国や台湾の状況を見ていく予定である。 なお、当初は年に2回の研究会合を予定していたが、新型コロナウィルスの感染拡大の状況が早期に落ち着くのは困難であると判断し、さしあたりオンライン方式に移行する。ただし、2022年の夏に浜松市美術館にて新たな「ハイジ展」が予定されているので、これと連動する形で新たな国際シンポジウムを(少なくとも部分的に)対面方式で開催することをめざす。
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