研究課題
本研究の目的は,動詞の位置が異なるタロコ語(VOS)・英語(SVO)・日本語(SOV)を対象に (i) 身体運動が事象認知のオンライン過程に影響を与えるか,(ii) 身体運動が事象認知の際の視点取得に影響を与えるか,(iii) 身体運動の事象認知・言語使用への影響があるとすれば,それは言語普遍的かという三つの問いの解決に挑むことにより,身体運動と認知プロセス・言語使用とのインタラクションの本質に多角的側面から迫ることである。2020年度は,査読付き国際ジャーナル(Journal of East Asian Linguistics)で,タロコ語母語話者の身体運動への関与が自身の主体感(Sense of Agency)を高め,その行為を行っているのは自分自身だという感覚が,事象認知の初期段階(0~500ms)において「行為者」への注視を促進し,さらに動詞を文頭に置くVOS語順文の産出を増加させたことを明らかにした。これは身体運動への関与により「行為情報」に対する顕在性(saliency)が高められ,文の最初の要素として動詞が産出された結果だと言える。また,同ジャーナルで発表したもう1つの論文では,タロコ語の基本語順を確かめるための反応時間を指標とした行動実験を行い,VOS語順が基本語順であることを確認した。また,実験助手を雇用し,非接触オンライン実験でも検討可能な「表情認知」という非言語情報に焦点をあて,表情の呈示時間を操作しながら,他者の表情が感情文ならびに空間文の理解・解釈に与える影響を検討する3つのオンライン実験を作成し,日本人母語話者を対象に実施した。それらの研究成果は日本認知科学会を含む4件の主要国際学会にて発表され,国内外の研究者から有益なフィードバックを得た。また学会紀要としても発表された。
2: おおむね順調に進展している
2019年度は概ね計画通り進み,身体運動が事象認知のオンライン過程に与える影響,ならびに視点取得と主体感の関係性を探った。それらの成果を5つの国内・国際学会で発表し,「タロコ語と日本語の比較から迫る身体運動・言語・認知の関係とその普遍性」という招待講演も行った。2020年度は申請書に記載したように,①運動のタイミングや強度を試行間・実験間で統一するため,力覚ディバイスを用いた対面実験の準備・日本語母語話者を対象とした実験の実施,②台湾のタロコ語を対象とした視線計測を用いた言語理解実験を現地で実施することを予定していた。しかし,参加者との接触を極力控えるため対面実験の実施が不可能であったこと,台湾への渡航が禁止されていたことから,上記2点の研究は実施できなかった。プロジェクトを円滑に進めるための代替案として,「自己の身体運動」という非言語情報の代わりに,非接触オンライン実験でも検討可能な「表情認知」という非言語情報に焦点をあて,表情の呈示時間を操作しながら,他者の表情が感情文ならびに空間文の理解・解釈に与える影響と主体性/共感性の関連性を検討する3つのオンライン実験を作成し,日本人母語話者を対象に実施し,査読付き国際学会にて発表した。コロナ禍において研究内容の変更を余儀なくされたが,身体化された認知(embodied cognition)(Barsalou, 1999; 2008)という枠組みの中で,非言語情報が言語処理に与える影響について様々なオンライン実験を実施し,その成果を学会で発表できたことは,プロジェクトの目的達成に向けて大きな一歩になったと言える。オンライン実験への変更に伴い,2021年度実施予定の実験研究における先行研究の精読,ならびに実験の準備・計画も進めているので、研究はおおむね順調に進展していると言える。
今年度は,2020年度に実施した実験データを分析し,他者の表情が感情文ならびに空間文の理解・解釈に与える影響と主体性/共感性の関連性をより詳細に検討する。その成果を学会で発表し,論文執筆を進める予定でいる。また,語順の選好性に関わる要因,ならびに表情が言語処理に及ぼす影響についての先行研究を網羅し,表情のような非言語情報が事象認知の順序・視点選択・語順の選好性に与える影響と主体性/共感性の関連について検証できるような,新たな研究プランを練る。実施計画案としては,研究目的の設定後,実験の準備(刺激作成・実験制御プログラム作成)を行い,日本語母語話者を対象にオンラインで予備実験を実施する。予備実験の結果をもとに,チーム全体で改良点などを議論し,本実験へと移行する。さらに,表情認知が事象認知,それに後続する描写文における語順の選好性に与える影響が,言語個別的なのか言語普遍的なのかを検証するため,日本語(SOV)とは真逆の基本語順を持ち,ヴォイスの選択ならびに語順交替を許容するタロコ語(VOS)を対象に同様の実験の実施が可能かどうかを検討する。実施の可能性や言語間比較の意義については,台湾の研究協力者と連携しながら進める予定である。
すべて 2021 2020 その他
すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (9件) (うち国際共著 4件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 4件)
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