研究課題/領域番号 |
19H01335
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研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
松本 剛 山形大学, 人文社会科学部, 准教授 (80788141)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | セトルメントパターン研究 / 土器研究 / ランバイェケ複合 / モチェ / シカン/ランバイェケ / チムー |
研究実績の概要 |
2019年8月20日から9月16日までの28日間にサーニャ川流域において広域踏査を実施した。踏査中は、Google EarthやGoogle Mapsの地図を頼りに、地表面に見える建築物や散在する土器をはじめとする考古遺物を探しながら歩いた。トラック情報の記録や発見した遺跡情報の登録には携帯用GPSロガーを使用し、取得データはGoogle Earthにおいて管理した。また、基壇やマウンド型の建築を伴う遺跡を発見した際には、ドローン空撮とフォトグラメトリー技術による三次元記録も行った。踏査により見つかった土器片については、写真撮影を行い、一部の特徴的なものに関しては断面図の記録も行った。 今回の踏査では、サーニャ川中流域から下流域にかけてのエリアで全47遺跡を登録できた。登録された遺跡内ではモチェ期から植民地期までの様々な土器片が見つかり、そのほとんどは粗製土器であった。地元民のサポートもあり、予想以上に多くの遺跡が見つかったことは大きな収穫である。海岸線や下流域で見つかった遺跡のいくつかは、これまでの先行研究でまったく報告されていない。それら中でも、シカン期のマルチクラフト工房と思われる遺跡の発見はとくに重要である。そこでは土器製作に使われる型や冶金活動を示唆する道具や遺構などが見つかった。 サーニャ谷の下流域は、海岸線に沿って広大な農耕地を形成するランバイェケ複合の南端にあり、周囲を海岸砂漠によって近隣地域から完全に隔絶されているため、ランバイェケ複合を支配していた諸政体にとっては周縁部とみなされていたに違いないという暗黙の仮定があった。そのため、重要な遺跡は存在しないかもしれないとの見方が強かった。それを覆すように重要な遺跡が見つかったことは今回の踏査の一番の成果である。こうした調査結果は2020年末に国内で開催される古代アメリカ学会の年次研究大会にて発表する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、モチェ崩壊からシカン勃興までのミドルホライズン(紀元後700~1000年頃)と呼ばれる時期において、ペルー南部高地のワリ帝国をはじめとする外部勢力との接触が北海岸北部の社会に及ぼした影響を明らかにすることを主眼としている。これまでの調査によって、ワリ美術の強い影響が見られる土器や壁画が見つかっているワカ・ファチョ遺跡(ラ・レチェ川中流域)において発掘調査を行うことが最有力であるが、視野を広げて北海岸北部の5つの河川流域にまたがるランバイェケ複合において広域の踏査を行うことによって、ワカ・ファチョ遺跡以外にも外部勢力の影響が見られる遺跡を発見したい。 申請書にはモトゥペ(2019年度)、ラ・レチェ~レケ(2020年度)、サーニャ川流域(2021年度)の順に踏査を行うとしていたが、調査中の交通の利便性を考慮した結果、2019年度はサーニャ川流域に対象を変更した。2018年の暮れから本格化したエル・ニーニョの影響により、北海岸の河川流域では橋の崩落などによって幹線道路が寸断されたり、地域間移動が極端に制限されており、地域によっては宿舎設営や物資調達に支障が支障をきたす可能性があったためである。 上述のように、今年度のサーニャ谷での広域踏査はいくつかの重要な成果を上げた。とくにマルチクラフト工房の発見は、今後の新しい研究にもつながる。とはいえ、本研究の焦点となるミドルホライズン期のデータがいまのところまったく得られていない。後述する次年度のランバイェケ谷とその周囲における踏査では、その痕跡を見つけ出したい。近年、ランバイェケ谷中流域のサンタ・ロサ・デ・プカラ遺跡において、ワリ帝国の建築的インジケーターとなる「D字型建築」が発見されており、期待が高まる。ワカ・ファチョ遺跡以外にミドルホライズン期の遺跡が見つかるとすれば、こうしたランバイェケ複合の中心部付近であろう。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画通り、次年度を含めてあと二年、広域踏査を実施する。上述のように、今回調査対象としたサーニャ川流域では、下流域において予想以上に多くの遺跡が見つかったため、上流域を網羅することができなかった。2020年度はこれを完了させるとともに、ランバイェケ谷を中心とするラ・レチェ谷からレケ谷までのエリア(ランバイェケ複合の中心部)にて踏査を開始する。今年度培ったあらゆるノウハウを活かし、作業をさらに効率化させるとともに、今年度のサーニャ谷での調査では得られなかった、外部勢力の影響を示す痕跡(おもにミドルホライズン期の土器片や建築)を発見したい。 また、こうした広域踏査と並行して、ラ・レチェ川中流域のワカ・ファチョ遺跡周辺で詳細な表面観察と遺物採集を行い、2022~2023年度に予定している大規模発掘調査の準備として、遺跡内の空間配置への理解を深めたい。建築や土器などの推定される用途からそれぞれの場所で行われていた活動を推測し、可能であれば、それらを確かめるために小規模の試掘を実施する。 今年度は、調査成果を発表する予定であったアメリカ考古学会の年次研究大会(テキサス州オースティン市)が新型コロナウイルス感染症の蔓延によって開催中止となり、研究発表の機会を失った。とくに国際レベルの規模の大きな学会開催については、次年度もほとんど目処が立たない状況ではあるが、機会さえあれば国内外において広く積極的に発信していきたい。
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