パリのフランス国家図書館と言語文化大学図書館(通称BULAC)にて資料調査。1860年代のフランス軍人のセネガルやマリに派遣された時の旅行記において貝貨で米や肉を買っている値段が記されていることを知見。『安南とその小額貨幣』という1882年頃に出版された本や1905年にパリで公刊された『大南貨幣図録』などを閲覧。銅銭を作る工程をスケッチした図版や、1900年頃出土の13世紀の埋蔵銭の種別構成を確認し、同時代の中国や日本での埋蔵銭との共通性や差異を知ることができた。また1900年頃のベトナムの農業金融についての1941年にパリ大学に提出された博士論文を閲覧。貨幣博物館の特別展「アートにおける貨幣」にて貨幣に関するイメージの変遷について知見を得、パリ市立アジア(セルヌルスキ)美術館にて駱駝が絹を載せている唐三彩窯を実見し絹の遠隔地交易における役割を知見。 ライデンの民俗学博物館にてジャワの青銅仏像などを実見。ジャワには銅山がないのに、と博物館の解説文にはあるが。年代がわかるものはすべて10から13世紀製造となっていて、すべて中国銅銭を溶かしたものであるとの仮説を支持。アムステルダムの海事博物館では沈没船から引き揚げた18世紀末の銀塊が端に穴があってまがい物でないことを示そうとししていた可能性について知見あり。王立博物館では17世紀にスペインに包囲された時に緊急に発行した貨幣が展示してあり、丸い金銀貨ではなく、四角く切ったものを発行していたことを知見。 オックスフォード大学セイントアンズカレッジにて中国貨幣史の特質について、台北の政治大学にて貨幣史からみた中華帝国の特質について、台湾師範大学においてモンゴル帝国下のユーラシア貨幣史の画期性について報告した。
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