研究課題
昨年度に磁場下非相反伝導の詳細を明らかにした3回対称超伝導体PbTaSe2において、空間反転対称性の破れに起因する非線形伝導が無磁場下(時間反転対称下)で生じるかどうかを、詳細な電流方位依存性や電流値依存性、温度依存性を測定すると同時に、それらを磁場下非線形伝導の方位依存性や振る舞いと比較することによって検証した。その結果、結晶の持つ3回対称性と整合した電流方位依存性を満たすような巨大な非線形伝導(縦方向の非線形伝導である整流性および横方向の非線形応答である非線形ホール効果)を、常伝導相および超伝導相の両方で初めて観測することに成功した。常伝導相における無磁場下非線形伝導に関しては、線形伝導度との相関を調べることにより、観測された無磁場下非線形伝導が3回対称性を反映した非対称な散乱機構によって生じている可能性を見出した。また、超伝導相における無磁場下非線形伝導に関しては、3回対称結晶における時間反転対称下での超伝導ボルテックスおよびアンチボルテックスのダイナミクス(ボルテックスホール効果と3回対称性を反映した超伝導ボルテックスのラチェット効果を合わせた過程)を新たに考慮することで、非線形伝導の方位依存性や大きさ、温度依存性といった振る舞いを上手く説明できることを明らかにした。これにより、超伝導相における磁場下非相反伝導と無磁場下非相反伝導を超伝導ボルテックスのダイナミクスにより包括的に理解できたと言える。
1: 当初の計画以上に進展している
磁場印加や磁気秩序を必要としない、時間反転対称性がある系における非相反電荷輸送現象は、近年いくつかの理論的提案がなされ、波動関数のトポロジーや幾何学的性質、対称性の破れを反映した非対称な散乱や散逸との関連性から大きな興味が持たれている。最近になって、横方向の無磁場下非線形伝導である非線形ホール効果が、WTe2やTaIrTe4等で実験的に観測されたものの、まだ報告例は限られており、微視的機構やその分類も進んでいない状況であった。また、このような時間反転対称性がある系における非相反電荷輸送現象が、縦伝導にも生じ得るかどうかや、超伝導相のような特徴的な量子相で発現するかどうかは不明であった。本年度の成果は、過去に報告されている物質とは全く異なる結晶構造を有する3回対称結晶において、非線形ホール効果だけでなく縦方向の非線形伝導である整流性を時間反転対称下で観測した最初の例である。無磁場下非線形伝導現象の普遍性を示したと同時に、新奇無磁場下非線形伝導を開拓した点において、非線形伝導の研究を飛躍的に前進させる成果である。さらに、超伝導相における無磁場下非線形伝導を初めて観測し、その微視的機構を解明した。特に、時間反転対称下での超伝導ボルテックスおよびアンチボルテックスのダイナミクス(ボルテックスホール効果とラチェット効果を合わせた過程)を新たに考慮することで、その大きさや定性的振る舞いを上手く説明できることを明らかにした。これにより、超伝導相における磁場下非線形伝導と無磁場下非線形伝導を統一的、かつ包括的に理解できるようになり、当初の想定を大きく超えた進展があったと言える。
新しく発見した、時間反転対称下で超伝導相において生じる非線形伝導が、他の空間反転対称性の破れた超伝導体でも起こるかどうかを検証し、その微視的機構の解明に取り組むとともに、別の新しい非線形伝導現象の開拓にも挑戦し、非線形伝導の理解を大幅に深化させることを目指す。特に、超伝導の次元性が無磁場下非線形伝導にどのように影響を及ぼすかは未知の問題である。PbTaSe2と同様の3回対称性を持ち、より2次元性の強い超伝導体である、NbSe2やMoS2において無磁場下非線形伝導の観測を試みることで、次元性を反映したボルテックスダイナミクスの無磁場下非線形伝導への効果を調べる。また、対称性の破れを制御することによって、上述した無磁場下非線形伝導の微視的機構がどのように変化を受けるかを検証する。具体的には、NbSe2やMoS2と他の2次元物質とのヘテロ界面を作製することによって、系の対称性を3回対称性から低下させた場合に、非線形伝導がどのように変化するかを、新機構の発現も含めて検証する。さらに、これまで開拓してきたファンデルワールス結晶における非線形伝導は面内方向の輸送現象に限られていたが、面直方向の輸送現象にも着目して、ファンデルワールス結晶の積層の仕方によって発現し得る極性やキラリティーといった対称性の破れに起因する積層方向の非線形伝導現象の開拓にも取り組む。
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