研究課題/領域番号 |
19H01845
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
相馬 清吾 東北大学, スピントロニクス学術連携研究教育センター, 准教授 (20431489)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 高電子分光 |
研究実績の概要 |
磁性トポロジカル絶縁体の物性に関わるような微細なスピン電子構造の解明を目的として、圧倒的なスピン検出効率向上のための装置開発を行った。VLEEDスピン検出システム用の電子ビームの軌道シミュレーション、ビーム偏向レンズの設計、製作を行い、高分解能スピン分解光電子分光装置に組み込んだ。動作試験を行った結果、ビームの鉛直方向のブレを偏向器により補正できていいると判断した。また、スピン検出器の2次元化のための、大型磁性単結晶薄膜をシングルドメインに磁化させるための磁化制御装置を高分解能スピン分解光電子分光装置に組み込んだ。さらに、微小な面積をもつ試料の磁気ドメイン内の電子構造を決定するために、低振動マニピュレーターの設計と製作を行った。コロナ禍による機材の納入に遅れもあったが、研究期間を延長してこれらも計画通りに完了することができた。 装置改良と並行して、様々な高機能物質について高分解能ARPES実験を行い、電子状態のバンド構造とフェルミ面およびスピン構造の決定を行った。アクシオン絶縁体候補物質EuIn2As2について、SX-およびVUV-APRESにより表面とバルクの電子構造を分離して完全に決定することに成功した。フェルミ準位近傍のバンド構造の温度依存性を測定した結果、ネール温度以下でバンドの変調を見出し、第1原理計算との比較から反強磁性相ではアクシオン絶縁体と予想されている磁気構造が形成されていることを示唆した。FeをドープしたBi2Se3薄膜のin-situ ARESを行い、バンドギャップが母物質より減少したことで磁場印加によるワイル半金属への転移をアシストしていることを見出した。その他にも、トポロジカル半金属候補物質CaAuAs、Bi2Se3/BisTe3ヘテロ薄膜、Bi(111)表面などのスピン分解ARPES実験を行い、物性に関わる電子構造を観測した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度、高分解能スピン分解光電子分光装置において予期していなかった漏洩磁場の影響で電子ビームにブレが生じ、スピン検出効率の低下を引き起こした。これを補正するために、電子偏向レンズを設計製作し、VLEEDスピン検出システムに組み込んだ結果、このブレを補正することに成功した。大型磁性薄膜ターゲットについても清浄な表面をもつ薄膜の作成と磁化にも成功した。電子軌道シミュレーションを繰り返し、光電子イメージの入射条件を調整した結果、計画通りに、電子分析器を通った2次元の電子イメージをターゲットで反射し、CCDカメラに取り込むことができた。低振動マニピュレーターについてもレーザーエンコーダー位置読み取りにより、試料位置を2um以下の精度で制御できることを確認した。レーザー集光により、現在、磁気ドメイン内の電子バンド構造のスピン分解ARPES実験に取り組んでいる。 また、反強磁性体トポロジカル絶縁体において期待した以上の進捗があった。現在、反強磁性をトポロジカル絶縁体に導入したときに発現すると予想されているアクシオン絶縁体に大きな注目が集まっている。その候補物質であるEuIn2As2について、ネール温度(9K)以下で明確なバルクのバンドの変調を観測した。反強磁性体は内部磁場がないため磁気秩序によってバンド構造が変化すること自体が珍しく、トポロジカル物質においては、表面の磁気的起源ではないものを除けば初めてのことである。この結果により、異なる磁気構造同士のバンド計算との比較が可能となり、本研究からはEuIn2As2がアクシオン絶縁体であることを示唆した。この結果は、EuIn2As2のファセット間のヒンジ領域においてカイラルな1次元電子状態を観測できる可能性も示唆しており、これにより時間反転対称性のない高次トポロジカル絶縁体の実験的証明をできることが期待される。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き、電子スピンイメージング検出器の調整を行う。検出器における電子イメージの結像とフォーカス調整を高効率で行うために、標準電子イメージを射出する電子源デバイスを設計製作し、高分解能スピン分解光電子分光装置に組み込む。本年度において新たに大面積磁性薄膜ターゲット用のターゲットホルダを製作したので、これを用いて磁性ターゲットを高純良化し、電子スピンイメージング実験を行う。製作した低振動試料マニピュレーターについて徐震対策を行い、試料位置の高安定化と微細制動を実現し、マイクロメートル領域の空間分解能によるスピン分解光電子分光測定を行う。さらに、試料マニピュレーターの熱解析を行い、低温測定時の試料への熱流入源を特定し、これを新型のマニピュレーターの設計に応用して、5 K以下の極低温測定を実現する。これにより、低温における磁性転移を示す磁性トポロジカル物質において、本質的に磁性が起源となる電子構造の変化を、実験的に確定的に見出す。 これらの装置開発と並行して、強磁性トポロジカル絶縁体の電子構造の研究を行う。 (Cr,Sb)2Te3の非占有状態のバンド構造を決定するために、放射光を用いてX線吸収分光を行いクラスターモデルにより電子構造の解析を行う。スペクトルの温度変化から、磁気転移による電子構造の変化を見出す。CeBiや類似物質、EuIn2As2について、マイクロスポット化した光源を用いて、反強磁性ドメインに依存した電子状態を観測する。その温度依存性およびドメイン依存性から、反強磁性転移と表面ディラック電子状態との相関を見出す。さらに、スピン分解ARPESにより表面電子構造とスピンテクスチャーの温度依存性を精密に測定する。
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